「焼酎をナカ、ホッピーをソトと呼ぶんや。焼酎がなくなったらナカおかわり、ホッピーがなくなったらソトおかわりや」
「おもしろーい! あ、でも今、ちょっとダイエット中で……」
「大丈夫。ホッピーは低カロリー、低糖質、おまけにプリン体ゼロや」
「うわ、ヘルシー!」
「それもあって、最近は若い女の子にも人気なんやで」
「へー、でもおじさん、なんでそんなに詳しいん? 関西人やろ?」
「ほんとよね、最近は関西でもホッピーが広がってきてるって聞いてはいるけど」
お盆を手にした女将が来て、アナゴ天をカウンターに、ホッピーをテーブルに置いた。
「それは……まあ、乾杯でもしよか」
と私はジョッキを手にした。新しいホッピーを注いだ彼女、そして彼もジョッキを持つ。
「じゃあ……ホッピーでハッピー!」
「えっ」という顔で、女将が私を見た。
「あれ……お客さん、初めてじゃ?」
「そう……あの時の」
私が10年前の来店時のことを話すと、女将はまじまじと私の顔を見て、ハッとした表情を浮かべた。
「ごめんなさい、気づかなくて。なんだか随分感じが変わってたから」
申し訳なさそうに頭を下げる女将に、今度は私があわてる番だった
「いや、当然です。一回だけ会った、しかも長髪で顔もはっきり見えないような陰気な男のことなんて、覚えてる方がおかしいです」
「でも……」
「それに多分、覚えてないのは、誰に対しても、あんな風に優しく振る舞ってるからだと」
「それだ。おじさん、いいこと言う」
私と女将のやりとりを、ホッピーを飲みながら聞いていた彼女が、赤ら顔でつぶやく。
「おい」と、彼氏がツッコミ気味にいさめる。
「えっと、お名前は……」
「三島です。三島耕平」
私は財布から名刺を取り出し、女将に渡した。
「……プランナーさん。そうだ、広告会社に勤めてるって」
「はい。でも会社はもうすぐ辞めて、独立するんです」
「お、カッコいい!」
「やめろって」さっきよりいくぶん語気を強める彼氏。
「そうなんだ、自分の腕一本で勝負するんだね」
「いや、そんな格好いいもんじゃ……あの、それで大将、げんさんは?」
すると女将は言葉につまり、寂しそうに目を伏せた。そしてカウンターの中へと戻り、流し台の隅から何かを手にして戻ってきた。小さな写真立て。そこに甚平を粋に着こなし、あの豪快な笑顔を浮かべたげんさんがいた。
「3年前に……脳溢血でね」