「やはり、そうでしたか。父の言っていたとおりです」
桂樹くんは悲しそうな顔で俺を見た。「父は、浅井さんにホッピーを冷蔵庫に入れさせたことを後悔していました。浅井の素直で優しい性格を考慮してやれなかったと――」
「……」
「亡くなる直前、父が最後の力を振り絞って僕にこう言い遺したんです。『あいつの性格からして、浅井はホッピーを簡単には処分できない。冷蔵庫にホッピーを残している限り、浅井は、俺の死の衝撃を引きずるだろう。だから桂樹、おまえが浅井の家に行って、俺の代わりにホッピーを一緒に飲んでやってくれ。呪縛を解いてやってくれ』と」
死が目前に迫っているのに、そんな心配をしてくれていたとは。確かに、あのホッピーが冷蔵庫にある限り、俺は悲しみから逃れることができない。
「僕は父との約束を守りたい。だから浅井さん。父のために、あなたのためにも、今日は僕と一緒に冷蔵庫のホッピーを飲んでいただけますか?」
父との約束を守ろうという桂樹くんのその思いを、俺は理解できる。
呪縛を解くという表現は大げさかもしれないけれど、俺にとって、悲しみをふっきるにはいい機会だ。
だけど、桂樹くんは、そのために無理をしていないだろうか。20歳の大学生を子供扱いするつもりはないが、無理に飲ませるわけにはいかない。
「君は飲めるのか?」
「アルコール度の強いお酒はダメですが、ホッピーなら飲めます」
あっさりと言い切った。その自信のありそうな口調から、ウソ偽りがないと直感した。彼の言葉を信じることにしよう。
「わかった。じゃあ、今日はとことん飲もう!」
「はい!」
俺は冷蔵庫から、ホッピー2本、焼酎1本、冷えたジョッキ2つを取り出して、6畳一間の真ん中に用意した小さなテーブルの上に置いた。
急だったので、おつまみを用意していない。戸棚のどこかに、ナッツやポテトチップなどの乾きものがあったな。戸棚を詮索していると、
「おつまみを持ってきました」
桂樹くんが、持っていた自分のかばんから、白い大きなランチボックスを取り出した。ふたを開けると、輪切りにされた新鮮そうなキュウリの漬物が隙間なく詰め込んであった。
「これ、君が作ったの?」
「僕、大学の仲間と一緒に家庭菜園をやっています。そこで収穫したキュウリを、自宅にある糠みそで漬けました」
「さすがは、農学部の学生だな」
おつまみがそろったところで、早速、ホッピーを作ろう。俺は料理屋でしかホッピーを飲んだことがないから、道具を自分でそろえて一から作るのは初めてだ。
ジョッキの5分の1ほどの高さまで焼酎を入れ、その上に1本分のホッピーを注ぐ。うまくできるかが心配で、手が震えた。心地よい泡立ちに思わずのどが鳴る。
最初に作ったジョッキを桂樹くんに渡した。次に俺の分を作り終えると、自分のジョッキを高々と持ちあげた。
「それじゃ桂樹くん。君と俺が未来永劫、健康で楽しくホッピーを飲めることを祈って乾杯だ!」
「乾杯!」