盛暑が過ぎた8月下旬の、ある日の夜。俺は、千葉市で最も大きな繁華街「富士見町」に来ていた。
千葉駅から南に延びる駅前大通りを右に折れると、富士見町随一の飲み屋街が広がる。車同士がやっとすれ違えるくらいの幅の狭い裏通りは、人でひしめいていた。道の左右には、あかりをつけた小さな飲み屋が隙間なく建っていた。歩いていると、店の中から、おでんのにおいが漂ってきたりカラオケの歌が聞こえたりする。
そんな飲み屋街の一角に、「澤田」という名前の、おいしいホッピーを飲ませる小料理屋がある。
『久々に会おう。来週、澤田に来られるか?』
杉本さんからメールが届いたのは、先週の金曜日だった。
俺は、千葉市に本社を置く大手印刷会社の駆け出し社員。本社に勤めていたころ、俺と杉本さんは、本社ビルから近い「澤田」で毎週のようにホッピーを飲んでいた。
今年の4月、俺が本社から茨城県土浦市内にある直営工場の総務課へ転勤になったことで、その回数は少なくなった。
そんな折、杉本さんからの久々のお誘いだったのだ。
真新しい青色の暖簾をくぐり、木製の引き戸をゆっくりと開けると、「いらっしゃい」という、澤田の名物である女将さんの声が聞こえた。俺と同年代だろう。20歳代後半くらいの年齢の、和服が似合う超美人だ。
狭い店内を見渡すと、入口付近から店の奥に延びる10席ほどしかないカウンター席に、客はまばらだった。
そのカウンター席のいちばん奥に、杉本さんが座っていた。
杉本さんは会社の大先輩で、俺よりふた回り年上の52歳。「不良中年」を自称する彼は、小太りの体にスキンヘッドと無精ひげという、大企業の会社員には見えない風貌が特徴だ。
「浅井、こっちだ」
俺の名前を呼んで手招きする。3カ月ぶりの再会だ。
「すみません、遅くなりました」
ひとこと謝って、意気揚々に、杉本さんの隣の席に座る。
杉本さんの横顔を見たとたん――俺は言葉が出なくなった。
頬がやせて、顔色が悪い。真っ白だ。
前回に会ったとき、「最近、少し太ったんだよ」と言って体重が増えたことを気にしていたのに、今日は別人のようだ。
「どうしたんだよ。俺の顔にごみでも付いているのか?」
「い、いえ……」
慌てて杉本さんから視線を外す。
猫背がひどいし、全身がやつれているように見えた。
杉本さんの前のテーブルには、ホッピーの入ったジョッキと、まだ箸をつけていない冷奴の載った皿が置かれていた。
「ホッピーでいいか?」
「――はい」