褒めているのか怒っているのか分からないけれど、とにかくうれしい。否定をせず素直に受けてくれるところが杉本さんらしいし。
「ところで浅井。通販で買ったホッピーは、まだ残っているのか?」
「セットで24本買いましたけど、残りはすべて俺の寮の部屋にあります」
「それなら、そのうちの7、8本をおまえの部屋の冷蔵庫に入れて、冷やしておいてくれ。俺が退院したら、おまえの寮に遊びに行く。一緒に飲もうぜ。そうすれば、俺の退院後の楽しみがひとつ増えるだろ?」
ナイスアイデアだ。俺は喜んで「はい!」と返事をした。
そんな俺と杉本さんのやりとりを聞いていた桂樹くんが、不安そうな顔で父を見ていたのを俺は見逃さなかった。
杉本さんが、実は深刻な病状だったことを俺は知る由もなかったのだ。
独身寮に戻ると、通信販売で購入した箱からホッピーを8本出して、早速、冷蔵庫の中に入れた。外食ばかりで料理などしない俺の冷蔵庫は普段から空間だらけだから、簡単に入る。アルコール分25度の焼酎の瓶1本と、ジョッキ2個も一緒に冷やしておこう。
このホッピーを、杉本さんと一緒に飲める日がくることを祈った。
仕事が休みの日、茨城から千葉の病院へ、片道2時間かけて毎週のように通った。
俺がプレゼントした2本のホッピーは、杉本さんの枕元のすぐ左に設けた棚の上に並べて置いてあった。瓶に貼られたラベルは、きちっと正面に向けてある。
「この2本のホッピーを見るたびに、病気が少しずつ治っていくような気がする。きっと、おまえの『まじない』のおかげだろうな」
杉本さんが喜んでくれているのが伝わってくる。「超ガハハ笑い」は出ないけれど、元気な彼を見ていると安心する。
――そんな杉本さんとの別れは、突然だった。
入院から2カ月後の、10月のある日の早朝。工場の事務室に出勤した直後のこと。俺の上司である課長から、杉本さんが本日の未明、亡くなったことを告げられた。杉本さんの奥さんから本社に連絡があったとのことだった。
その日の午前中は、仕事がまったく手に付かなかった。俺の隣の席に座る先輩女性社員が心配して「今日は無理をしないで」と言ってくれた。午後は有給休暇を取った。
放心状態で寮に戻った俺は、スーツ姿のまま部屋の床にうつ伏せに倒れた。尊敬する先輩を失ったこの悔しさをどこにぶつけてよいのかがわからなかった俺は、大声で泣きながら、右手で床を何度もなぐった。
ふと、床に置きっぱなしだった、通販で買ったホッピーの箱が目に入った。
ホッピー8本が冷蔵庫に眠っていることを思い出す。
退院したら一緒に飲もうと約束していたのに、叶わなかった。
杉本さんの笑顔が頭に浮かぶ。
このまま眠って、なにもかも忘れてしまいたかった……。
葬儀から二週間がたっても、俺は、杉本さんの死の悲しみから立ち直れなかった。何をやっても集中力がない。仕事で単純なミスを連発して、今日も課長に怒られた。