「僕も、父からホッピーを教えてもらいました。ね、お父さん」
桂樹くんが父を見る。杉本さんは「そうだな」と頷くと、今度は俺へと視線を移した。
「桂樹は、ホッピーが飲みたいと高校生の頃から言っていたから、こいつの二十歳の誕生日に、俺が澤田に連れていったんだ」
杉本さんが自慢げに話す。
「以来、すっかりホッピーのファンになってしまいました。大学にホッピーを飲んだことのない仲間がいるので、宣伝したいと思っています」
あれを出すのに、今がチャンスだ。俺はリュックの上蓋を開けた。
「実は、杉本さんに今日、見舞い品を持ってきました」
「俺はそんなもの、いらないと言っただろ!」
杉本さんの小言を無視して、リュックの中から2本の瓶を出す。
「ホッピーです。通信販売で買いました」
「なに?」
瓶の側面に茶色の大きなラベルが貼られた330ml入りのホッピーを、杉本さんのベッドの横に設置してあるサイドテーブルの上に、ドンと音が鳴るくらいに勢いよく置いた。
桂樹くんが目をぱちくりさせて、ホッピーの瓶を見ている。
「ここは病院だ。酒場じゃないんだぞ」
「飲むためではありません。お守りのつもりで持ってきました」
「ホッピーがお守りだって? おまえ、俺をからかっているのか?」
杉本さんが病床から俺をにらんだ。
「違います。杉本さんは、病気を早く治して、おいしいホッピーを飲みたいと思っていますよね?」
「当然だ」
「近くにホッピーを置いておけば――そういう気持ちが強くなるでしょう。病気の快復も早くなると思って、それで……」
うまく説明できない。事前に考えてきたのに。
杉本さんと桂樹くんが、顔を見合わせている。
「理解に苦しむ部分はあるけど――ホッピーを病室に置いて俺の病気のお守り代わりに使えという、おまえの気持ちはなんとなく伝わった。でもな、ホッピーにはアルコールが入っている。もし、看護師に見つかったら、注意されるぜ」
しまった。そんなことはまったく考えていなかった。
「ねえ、お父さん」
桂樹くんが、杉本さんを見た。「確かにアルコールが0.8%含んでいるけど、ホッピーは正式には炭酸清涼飲料水なんだ。看護師さんがなにか言ってきたら、アルコール飲料ではないことを説明すれば大丈夫だよ」
杉本さんは考え事をするようなしぐさで腕を組み、「そうだな」と言った。
「わかった。浅井の言うとおりにするよ」
桂樹くんが、良かったですね、と言わんばかりにニコっと笑って、俺にウインクをした。
助け舟を出してくれた桂樹くんには感謝。俺も笑顔でウインクを返す。
「しかしおまえは、突拍子もないことを考えるヤツだよな。ホッピーをお守りにするなんて」
杉本さんが苦笑いした。