酒井は「どうでもよくはないだろう」と思いつつも、ホッピハッピの曲を聴いていると、その不思議な歌声に吸い込まれていくような感じがして、大麦の言う通り、三人の年齢などはどうでもいいんじゃないかという気がしてきた。酒井は曲を聴きながらホッピーをひと口飲んだ。
「うまい……」
酒井は思わずつぶやいた。さっき店で飲んだときは特に何も感じなかったが、今はとてもおいしく感じる。それが、自分が徐々にホッピーのおいしさに気づいたからなのか、それとも流れているホッピハッピの曲のせいなのかは、酒井にはわからなかった。
二人はしばらくの間、ホッピーを飲みながら、ホッピハッピの曲を聴いていた。
酒井は帰り道もホッピーの味とホッピハッピの歌声が頭から離れなかった。
数日後、酒井のもとに大麦から電話があった。
「今度、ホッピハッピのライブがあるんだけど、行ってみないか?」
酒井は、会社のプロジェクトが佳境に迫っていて、毎晩遅くまで仕事をしている時期であったが、ぜひ行きたいと即答した。
実はあの日以来、酒井はホッピハッピのことが気になって仕方がなかった。CDを買って毎日何回も聴いて、ホッピーも毎晩のように飲むようになっていた。
ついにホッピハッピに会えると思っただけで、酒井は自分の気分が高揚しているのがわかった。
ライブの日がやって来た。酒井は大麦と待ち合わせて会場に入った。
「そういえば、ライブに行くなんて何年ぶりだ? でも、そのときは、今日のようにこんなにドキドキワクワクなんてしてなかったよな」
酒井はつぶやいた。
実は、酒井は数日前から遠足の前日の子どものようにワクワクしていた。もともとクールで冷めたところがある酒井は、社会人になってからは、仕事でもプライベートでもワクワクするような気持ちになったことはなかった。だが、今回は違っていた。
ライブ会場はほぼ満員状態だった。会場には多くのファンがいたが、年齢層はまちまちなようだった。20代から50代、いや、ひょっとするとそれ以上の年齢の人もいるようだ。
また、ライブ中はホッピーが飲み放題、というファンにとってはうれしいサービスもついていた。ライブが始まる前の会場は、アイドルを待つオタクのような熱気もあり、あるいは、気軽に行きつけの飲み屋にでも行くようなのんびりした雰囲気もあり、普通のライブ会場とは違う何か不思議な雰囲気に包まれていた。
ライブが始まる時間になると、がやがやしていた会場がいっせいに静かになった。
ホッピハッピの曲が流れだすと、会場から大歓声が上がった。ステージの幕が上がると、そこにはホッピーの入ったグラスを手にしたホッピハッピの三人がいた。
ホッピハッピの三人は、酒井が見たポスターと同じように、同じような顔と背格好をしていて、同じ衣装を着て、同じ髪形をしていた。
ホッピハッピの三人はファンに向かって一礼すると、あいさつもなしに、今流れている曲に合わせて歌とダンスを始めた。ファンからは歓声と拍手が起こった。