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前向きに言うなら、私は三年間も夢を追うことが出来た。その期間、これまでになく楽しい仕事をし、毎日が充実していた。
結論、私たちの最終到達地点は11,110メートルだった。それは二年間で、毎日約15.2メートルずつ掘り進めた計算になる。
本業のダイヤモンド採掘事業は、決して悪くなかった、と言える。しかし、他の事業を補えるだけの成果が出せなかったことも事実だ。
掘削事業は、初めの設備投資だけで二千万円かかった。一円も利益を生まないそれを二年も続けたために、その負債は三千万円まで膨らんでいた。二年で諦める選択肢もあったが……もう一年続けることにした。
廃業後、日本に帰国した私は、仕事を見つけ、掛け持ちもしながら、借金を返すためにただ無心で働いていた。ときどき、あの夢のような日々のことを思い出した。それは、いつでも、昨日のことのように思え、誰か別人の人生のようにも思えた。
月島のことはずっと気がかりだったが、電話をかけたときには繋がらなくなっていた。それから共通の知人を訪ねたが、彼は「月島はまだ帰国していない」と言った。
そうして月島も、(私の)音信不通の人間になった。
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廃業から五年が経過していた。
しかしその年、アメリカのテレビクルーがあのダイヤモンドの採掘場に入り、そこで撮影した映像を(バラエティーのような)テレビ番組で放送したことで、過去の、私たちの仕事が一部の人たちに知られることになった。
その映像には、初め、若い女性が映っている。彼女は敷地内を歩いている。目的地があるようだが、なかなかたどり着けず、しばらく同じようなところを行ったり来たりしている。そこへ、見るに見かねた様子で男がフレームインして、「恐らくもっと向こうの方だろう」というように、その方角を指で示す。
今度はその男が先導して歩く。彼は時折、手に持った一冊の本を開いて、「現在地の座標は何々だからもう少し向こうかもしれない」とか、英語でぶつぶつ喋っている。
やがて、それを見つけた女性は、「ここだ」と叫んで飛び跳ねる。
女性の目の前には大きな岩がある。「この下ね」と、女性が言う。それから、大きな岩を五人がかりで押していく。岩がずれると、そこに鉄板が敷いてある。それを持ち上げると、穴が出てくる。
私たちが掘削した穴だ。五年前、私たちが穴の上を鉄板と岩で塞いだのだ。
それにしても、彼女たちは一体何をしているのか。
彼女たちは、小型カメラをロープに括りつけて穴の下へと下ろしていく。順調に。穴はまだ塞がっていないようだ。しかし底まで11,110メートルある。
(ロープの長さから判断して)もう少しで到達しようとしたところで、カメラが何かを映す。水だ。湧きでてきた水が底から数メートルの高さで溜まっているようだった。
カメラはその中も潜っていく。そして最終地点まで下りたとき、またカメラが何かを映す。ライトで照らしても、その物体は汚れのせいではっきりしない。だから今度は、その物体を取り出すための器具をロープに付けて下ろしていく。底まで下ろすと、その器具でどうにか物体を挟み、慎重にロープを手繰りよせて持ち上げていく。
取りだされたのは、一本のビール瓶のようなボトルだった。水で汚れを洗い流すと、ボトルのラベルが見えた。ラベルには「ホッピー」とある。