私は仕事を通じて知り合った海外のビジネスパートナーから、ある物を購入した。彼は、信用できる君にならこれを譲ってあげてもいい、と言った。私は彼に大金を払ってそれを購入し、十七年勤めた商社を辞めた。それは、南アフリカを拠点とするダイヤモンド採掘の事業だった。
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無性に穴を掘りたくて仕方がない。私が初めてその強い衝動に駆られたのは、高校二年生のときだっただろう。幸いだったのは、私がその衝動を欲望のまま に行動に移さない理性を持ち合わせていたことだ。
とはいえ、その衝動は度々私に襲いかかった。だから私はその衝動を抑えるために、穴を掘っている自分の姿を思い浮かべた。例えば、夜眠る前に。あるいは、そうイメージすることを反復的に繰り返していたせいで、余計に穴を掘りたくなったのかもしれない。
いつかどこかで耳にした話では、単純に穴を掘る作業ほど人にとって苦痛なことはないそうだ。
私だって、ただその辺の地面をただやみくもに掘りたいわけではない。その衝動には、ある明確な目的があった。
将来的にその目的を達成するために最も適合している職業は何かと模索して、地質学者になりたい、と本気で考えていた時期がある。
しかし、それになるには動機が不純だった。ときどき、私は地質学者になったときのことを思い浮かべた。もし誰かに、初めて地質学者になりたいと思ったときの動機を聞かれて、私の周りの何人かが「断層の調査をしていると、片手だけで何億年もの歳月と現在との間に橋をかけるようなものを発見できることがある」と答えるなら、私は「地球の中心まで穴を掘りたいから」と答えるだろう。
つまるところ、私の望みは「地球の中心に向かって真っすぐにひたすら穴を掘り続け、その中心にあるものを手に入れること」だった。
その夢を叶えるために地質学者になることは合理性もある。きっと、学者としての知識や人脈は大いに役立つはずだ。私は地質の調査から最適な土地を選び、時間を見つけて地道に穴を掘り進めていく。
私が生きているうちに、地球の中心まで掘るためには一日にどれだけの深さを掘らなければならないだろう。もし私が三十歳から六十歳までの三十年間をその作業に費やすとしたら、地球の半径が6,371キロメートルなので、一日に581メートルを掘っていく計算になる。現実的な話でもないが、魔法を使わなければ叶わない、という話でもないだろう。
地球の中心にある半径約1,200キロメートルの内核は、鉄やニッケルなどからなる固体が占め、その温度は5,000から6,000度と推定されている。あくまでも推定の話。実際は分からない。もしかすると、地球の中心にあるものは新しい元素からなる鉱物かもしれないし、ただの石ころかもしれない。しかしそれが石ころだったとしても、もしそれが地球の中心から取ってきた石ころなら、どうだろう。