「綱家! また歯を折られたいのかぁ! 邪魔をするな!」
光るものが俺の目の前に突き付けられる。よーく凝視すると、日本刀の先端であることが理解される。無意識に前進が硬直した。生まれて三十年。彼女から別れを突きつけられたことは何回かあるにせよ、日本刀を突きつけられたことは初めてだった。
「父上、お待ちください!」
傍にいた若者が刀を遮り、俺の持っているお盆をがっしりと持つ。
俺の視線を一点に集めていた刀が視界からなくなったので、周りをもう一度確認する。
髷を結った男が二人、あぐらをかいて座っている。もう一人は、俺のお盆を持ち、ゆっくりと腰を下ろす。カシャカシャと身に着けている甲冑の音が個室に響いた。
ここは、戦国喫茶……いや、居酒屋か? おいおい、ふざけんなよ。俺は別にそんな体験サービス受けたくないし、本当に腹が減ってるんだ! と叫びたかったが、俺をまだ睨みつけている甲冑の中年男の視線からは、そんなおふざけな雰囲気を全く醸し出していなかった。
「おお! 酒じゃ! 兄上、父上、ここで一息入れ申そう」
恐らく、俺と同じくらいの年だろうか。甲冑を来た若者が、とっくりに手を伸ばそうとする。
「信繁! まだ終わっておらぬぞ!」
「兄上、そう固いことを仰らずに!」
信繁と言われた若者がとっくりを取ろうとすると、兄上と呼ばれた若者が取り上げる。
「信繁! やめぬか!」
「兄上は固い!だから話がすすまぬ!」
「ええい! やめぬか! 信幸、信繁!」
甲冑の中年の甲冑男が一括すると、二人はさっと座り、頭を下げる。
「……お主、綱家の使いか?」
中年の甲冑男が再びぎろりと俺を睨む。
「いや、俺は、その、飲み屋のオヤジに言われて、ホッピー持ってきてって言われて」
あまりの威圧感に後ずさりすると、障子に勢いよくぶつかってしまい、仰向けに転倒した。
目の前に何十もの槍や刀が迫ってきた。
「よいよい。客人だ。戻れ」
さっと視界からぶっそうなものが消える。
ゆっくりと起き上り、周りを観ると、炎に照らされた何千もの甲冑姿の男たちが見える。「え……何、ここ?」
「客人、申し訳ないことをした。さ、入られよ」
信幸と呼ばれた男が俺の肩に手を当て、部屋へと導く。信繁が障子を入れ戻し、再び静寂が漂う一室に戻った。
俺は頭をフル回転させる。さっきからどこかで聞いたことがある名前が連呼されている。信幸……信繁……甲冑……ちょん髷……まさか。
数年前、大河ドラマでもやっていた真田一族ではないのか。真田信繁は、世に名高い真田幸村、その兄の信幸、二人の父親が昌幸。
どうやら俺は……本当に考えたくないのだが戦国時代にタイムスリップをしてしまったようだ。さっきの足軽の数から行っても、こんなしょぼくれた広報部の平社員にドッキリをするはずがない。
「お主、これは何じゃ」
信繁が俺にホッピーの瓶を突きつける。
「え、あ、これは……ホッピーの白ですね」
「ほっぴぃ……なんだそれは。南蛮渡来ものか?」
昌幸がまた、ギロっと俺を睨む。