拓実の顔つきは真剣だった。
仕事は大事だが、人としての道理を何より貫く人。理沙が拓実に惚れた理由でもあった。
「それに……」
拓実の声が少し弱くなった。
「今月は営業成績が悪い……。報告会に出席するのも気が進まなくてな」
肩を落とし、へにゃっと口を曲げた。
保険の営業マンとして活躍していた拓実も、今月はスランプだった。せめてあと一件でも契約を交わせれば……と彼はぼやいていた。
拓実が重たい息を吐いた、その時だった。
「その保険ってのは、六十歳を過ぎてても加入できるのかな?」
古谷が拓実の顔に訊く。
「はい、もちろんです」拓実は店主の顔にうなずいた。
そうかあ、と古谷は思案顔で腕を組んだ。程なくすると、うん! と短く力を込めた声を発した。
「じゃあ、拓実くんよ。その保険に加入させてくれ」
古谷の言葉に、拓実の顔が光を浴びたように広がった。
「えっ、えっ、本当ですか?」
「もちろんだ。さっ、早く契約書をくれ。その報告会だっけか。遅れちまうよ」
古谷は、目尻に皺を作りくしゃりと微笑んだ。
書類の作成を済ませると、拓実は「ありがとうございます」と何度もお礼をした。
「会社には間に合いそうかい?」古谷が訊いた。
「はい、今ならまだ間に合います」
店の時計を一瞥して答えた。
拓実が書類を確認して店を出ようとすると、店主は拓実を呼び止めた。
「何でしょうか?」
「あのな……」古谷は拓実に、何やら耳打ちをした。それを聞くと、拓実は理沙を優しい目線で包んだ。そして、店主に頭を下げると、駆け足で店を出た。店内にふわりと残った風には、希望の香りが舞っていた。
「古谷さん。契約の話……本当に大丈夫なんですか?」理沙は心配そうに訊いた。
「大丈夫。前から入ろうと思ってたんだよ」
「本当に……ありがとうございます」
こちらこそ。よしゅくの店主は笑みを浮かべた。
年末の街並みはカラフルだ。かつてほど、恋人のイベント色は薄れたものの、誰しもの心に愛の音色が響いている。夜は人々を讃える。
クリスマス。理沙は拓実とよしゅくに向かっていた。結んだ手のひらに恋人の体温を感じながら。
「雪、降りそうにないね」
理沙は夜空の隅々を見上げた。
「ロマンチックなのはドラマの中くらいなもんだよ」
拓実は冷静だった。
「ねえ、今日は酔っぱらわないでよ」
「大丈夫だよ」