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『よしゅくの酒』福川永介

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 振り返ると、中学生くらいの女の子がグラスを持って立っていた。一瞬何が起こっているのかが、古谷には分からなかった。
 少女は家族と一緒に、この近くの居酒屋で夕食を楽しんでいたという。その店に入る前に、少女は橋の下で暮らす古谷を見ていた。クリスマスは誰もが幸せになる日なんだ、と少女は店を抜け出し、男に会いに来た。ホッピーのグラスを持って。
 少女の父親がホッピー好きだったらしい。
「じゃあね、おじさん。メリークリスマース!」屈託のない笑顔を振りまくと、少女は小走りに去っていった。
 古谷は、その少女の顔を忘れたことがなかった。そして、その時のホッピーの味は、この世のどんな名酒よりも、彼を幸せにした。染みた。心に染みた。泣いた。おうおうと男は泣いた。
 古谷は希望を抱いた。まだ人生をやり直せる、いや、やり直すんだと決意した。いつの日か、あの少女に恩返しをしたい。そのことだけが、彼の心の暗闇を明るく照らした。
 それから、数年後。古谷は居酒屋をオープンさせた。決して大きな店ではないが、真心を持って働いた。いつか、いつか……あの少女が来てくれるかもしれない。そう心の片隅で願いながら。
 店主として「よしゅく」で働く中、ある日、奇跡が起きた。こんばんは、と透き通った声で店に入ってきた客の顔を見て震えた。
 十年以上前に、橋の下でホッピーをくれた少女だった。ずいぶん大人びていたが、一目で分かった。大きな目。自然体の笑顔が張りついた表情。まさしく、あの日のあの少女だ。
 少女の方は、古谷に気づいていなかった。古谷にしても、気づかなくていいと思った。せめてもの恩返しで、ホッピーをサービスしようと思った。あの日の感謝を込めて。
 ―これが、よしゅくの店主が理沙にホッピーをサービスする理由だった。理沙は目尻にたまった涙を手の甲でぬぐった。

【5】
「そうだったんですね」
 理沙は胸の奥が熱くなるのを感じながら、古谷に返事をした。
「ああ……恥ずかしながらね。はは」
 古谷の目にもきらめくものがあった。タオルで目をこすっていた。
 理沙は大原理沙という名前を伝えた。理沙さんというのか、と古谷は恩人の名前を噛みしめるようにつぶやいた。 
「もうひとつ訊いていいですか?」理沙が訊ねる。
「なんだい?」
「お店の名前の由来はなんですか? よしゅく、って何なんだろうって前から思ってました」
「よしゅく、ってね。予想の予に、祝福の祝で、予祝っていうんだけど」
「へえ、予祝。どういう意味が?」
「前もって祝う。っていう意味なんだ。例えば桜の花見ってね。実は、今年も農作物がたくさんとれますように、っていう願いがあるんだ。豊作を前もって祝う、予(あらかじ)め祝う。つまり予祝。だから、この店もみんなの願いが叶いますように、という想いを込めたんだ」
「そーなんですね」なんて素敵な由来だろうと、理沙は心から感銘した。店内に置かれてある桜の木の造花は、そういった想いもあるのかもしれない。
「もちろん、おれ自身の願いも込めね。いつか君に会える、という」
 古谷は顔をしわくちゃにして微笑んだ。あたたかい笑顔だった。

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