生ビールとホッピーで乾杯した。もちろん理沙はホッピーだ。拓実の口数は少ない。一秒一秒が重たく感じた。
理沙は勇気を振り絞ってみた。
「ねえ拓実。どうしたの? 仕事で疲れてる?」
拓実の目が睨みつけるように鋭くなった。
「なかなか上手くいかなくてな、最近」
「仕事が?」
ビールジョッキに口をつけながら、拓実は首肯した。
彼は生命保険の営業マンをやっている。成績はいつも優秀。上司からも期待されている存在だ。しかし、ここのところ、がくんと営業成績が落ちたという。いわゆる、スランプだった。
拓実の仕事が上手くいっていないのは、もちろん、恋人として悔しいものがある。だが、理沙は少しホッとしていた。今日は別れ話をされるんじゃないかと、ずっと憂慮(ゆうりょ)していたからだ。
「そういうときもあるよ、拓実」
「このままじゃ、マジでヤバイんだよ……はあ」拓実はうつむきながら、鼻から重たい空気を漏らした。
かける言葉がなかなか見つからなかった。拓実はプライドが高い。中途半端な慰めをすることは焼け石に水だ。理沙はただただ同じ時間を共有しようと思った。彼が理沙を呼び出したのも、ただ一緒にいたいという気持ちを掬(すく)いとったからだろう。
酒は進んだ。理沙は焼酎をおかわりした。拓実もどんどんビールを飲み干していく。彼の顔は赤く染まりはじめていた。これは酔ってるな、と理沙は思った。
拓実が会社の愚痴をこぼしはじめた。声がだんだん大きくなっていく。まわりの客がちらちらと、こちらを見ているのが気になった。
「拓実、そろそろいこうよ」
「うるせえよえ……今日は飲むんだよお……なあ」
まずい……完全に酔っぱらってる。正気をなくしたように呂律があやしい。視点が定まっておらず、肩もゆっくりと上下している。
その時、
「ホッピーどうぞ~。良かったらまだ飲んでいってね」店主がホッピーの瓶をテーブルに置いた。いつものサービスだ。ごゆっくり、とカウンターへ戻っていった。
拓実の眉尻がぴくりと上がった。
「頼んだっけ?」
「違うの。そのう……ここの店長さんね、なぜかホッピーをサービスしてくれるの。おかしいでしょ、はは。もしかして、私に気があるのかしら、なーんてね」
場を和ませるための冗談のつもりだった。特段、深い意味を持たせたわけでもなかった。しかし、拓実の表情は一変した。炎の影がゆらめいているようだった。
「えっ、拓実っ」
拓実はジョッキグラスをテーブルにどんっと響かせ置くと、カウンターの中へと大股で向かった。
「てめえ、おれの女に何する気だよ?」
拓実は店主に顔を近づける。