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『よしゅくの酒』福川永介

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 ええっと……、理沙は当惑した。私がやりましたといえば、晴海の信頼が落ちてしまうかもしれない。
「河合は、別件の仕事が急遽入ってしまい、代わりに私が渡しに来たんです」
「ああ、そうなの」神埼は資料をぱらぱらめくり、中身をチェックした。めくり終えると、神崎は眉根を寄せた。しまった、何かミスでも生じたか……。
「河合さんも、資料作り上達したもんだな。以前よりはるかに見やすい。人に見せるための工夫を感じられる。うん」
「さすが河合ですね。ははは。では」
「ああ、ありがとう」
 理沙は頭を下げて営業課のオフィスを出た。褒められるのは、いつも世渡り上手な女よね……。廊下を歩きながら、唇の端を曲げた。
 それから―この日は怒濤の一日だった。商品管理課に取引先からクレームが入った。謝罪の場に、なぜか理沙も立ち会うことになった。何で私が謝らなきゃいけないのよ―理沙は奥歯を震わせた。
 抜き打ちで本社の幹部が来るということで、倉庫の商品整理やオフィスの整頓に追われた。
 晴海がいない穴を埋めることで、通常の業務もピッチを上げてこなしていった。昼食をとる余裕すらなかった。
 仕事が終わると、営業課の接待に付き合わされた。朝、神埼に書類を渡しに行った時、営業課の主任が理沙のことを気に入ったという。
 疲れた体で、必死に笑顔を作った。会社のためだ、会社のためだ、会社のため―暗雲に飲み込まれそうな心もちになっていた。
 夜十一時半過ぎ。やっと最寄りの駅に着いた。ハイヒールの音は夜道にわびしく響く。ふくらはぎには乳酸が溜まっているのを感じた。
 一人暮らしのマンションに帰ると、ベッドにダイブした。枕に横顔を沈めていく。ああ、このまま眠れそうだ―理沙はまどろんだ。
 その時、スマートフォンの振動音が聞こえた。鞄から手探りで取り出した。
 拓実からだった。
「もしもしい?」理沙は眠気声でいった。
「理沙、明後日の夜空いてるか? 酒でも飲みにいかないか?」
「いいけど、急にどうしたの」
 拓実は返事をしなかった。緊迫感の混じった沈黙が漂っていた。
「まあ、いろいろな。また連絡するよ。おやすみ」
 おやすみ、と返す前に途切れた。
 かすかに、嫌な予感が理沙のこめかみを叩いた。理沙は仰向けになり天井を見つめた。最近の拓実はなんだかおかしい―まさか別れ話を?

【3】
 拓実と『よしゅく』に来た。理沙が常連客となっている居酒屋だ。二人はテーブル席に座った。
 木目の壁やテーブルの傷、古びたポスター、年をくった提灯(ちょうちん)。昭和の匂いを感じさせている内装だ。その中でも、桜木の造花は華やかだった。小さいながらも見事に映えている。
 店内はにぎやかだった。よく知る客の顔もあったので、この店は固定客で支えられているのだろうな、と思った。そんな雰囲気も理沙は気に入っていた。穏やかな時間が店内に流れている。穏やかじゃないのは、恋人の様子だけだった。
 拓実は剣呑(けんのん)な空気を纏(まと)っていた。眉間に寄る皺が、時々怖い。

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