「気になってるのは隣のお姉さんでしょう? まったく綺麗な人見るとすぐこれだぁ」
全く見ず知らずの人同士。でも、お世辞だと分かっても“綺麗な人”と言われると、嬉しくも恥ずかしくも感じた。
「そんなんじゃないって、ないって。こちらの娘さんがお父さんと初めて一緒に飲みに来たらしくて……」
「へぇ~初めて!?」
二人の常連さんの会話に、お店の皆が一斉に注目して来ていた。父は恥ずかしがりながらも、私と飲みに来た一連の流れを説明し始めた。勿論、私の結婚の話も含めてだ。
「えっー、それはめでたい!」
「じゃあ、独身最後にお父さんにお礼を込めた酌という訳だぁ」
「いえっ、そんな大それた意味ではないんです……」と私は恥じらいながら答えていた。
「そしたら皆で乾杯しなきゃなァ。せっかくだ。ここで出逢った御縁もかねてなァ」と初老の方が言い出した。
「そしたら同じもんで乾杯しましょうよ。お父さんは何を飲んで? えっホッピー?」と中年男性は父の飲みかけを見て少し驚いた様子だ。
その飲みかけを父は一気に飲み干していた。そして振り返り笑顔で答えた。
「私がね、大好きなもので」
その笑顔に高揚され一気に店の雰囲気が盛り上がるのが私にも感じられた。
「それならしょうがない。皆でホッピーで乾杯だぁ!」
その後はもう大変な騒ぎだった。
お店の全員が一斉にホッピーを頼むものだから、女将さんが文句を言いながら全員分を用意し。
そして私達の為の乾杯。それからは私と父が話題の主役となっていた。
旦那はどんな人、お父さんは寂しくないですか、またどうして今日は来た等々。話題は尽きる事がなかった。
見知らぬ人達でも人柄の良い歓迎情緒。父も上機嫌になって、初めて見るくらいにお酒が進んでいた。
笑いが絶えなくなる店内。空いたコップで埋め尽くされていくテーブル。感じは違っても、懐かしくも感じる光景の中心に父がいる。
でも私が本当に嬉しく感じたのは。
“大好きなもので”と言った父の言葉だったかも知れない。
終電間際。店外の前には常連さん達が整列していた。
「典子さんとお父さんにっ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」
人目を気にせずに常連さん達の私達に向けた万歳三唱だった。
もう小っ恥ずかしさに、私も父も皆に向かってお辞儀するばっかりだ。でも嫌みがなく、ただ心底に私達に贈られた声援は心に染みていた。
小走りに店の道路の反対側にある駅入り口へと向かう。隠れて見えなくなるまで私達はお辞儀と手を振って答えていた。
改札を通ると思わず私は振り返り気味に父に叫んでいた。
「お父さん、急いで! もう電車が来ちゃう!」
「ちょっと待って、待ってなっ」
ホームへと上がる急な階段を急いで二人で駆け上がっていた。
ホームに上がると人がまばらにいる。少し上がった息を整えながら、電光掲示板を私は見上げた。
「……お父さん、ゴメン。電車、遅れているみたい。走る必要なかったね」