「何だ……でも良かった……」
父は完全に息が上がっていた。
ホーム中央までフラフラと一緒に歩くと、空いていた椅子にもたれ掛かる様に父は座ってしまった。
真っ赤になった顔。仰け反り気味に上に向かって溜息を吐く。
目を瞑っていたので寝てしまったと思った。父に寄り添う様に私も座った。
「……そうだったなぁ」
目を瞑ったままに父が呟いた。寝ていなかったんだ。
「なに、お父さん?」
「……お前はホッピーになれ。そんな事を言ったなぁ」
「……覚えてたんだ」
もうそれだけで充分だった。酔った父が一度だけ言った言葉。覚えていてくれただけで私には答えになっていた。
誘った意図も、あのお店を選んだのも、何となくでも理解してくれただろうから。
「……お父さんさ」
「別に良いんだよ……」
「何が?」
「仕事を頑張ったっていい……そうナンバーワンをお前は目指していいんだよ」
「うん」
「でも私達にとって、そして旦那さんにも……お前はオンリーワンでいればいいんだよ。何があったって、お前がそこにいるだけ私達は幸せなんだ……オンリーワンでも、あんな風に皆に愛されるじゃないか……」
さっきの居酒屋の光景の事を言っているのかな? 私は父の顔を覗き見た。
「それがホッピーになれって意味だったの?」
私の問いの答えはなかった。もう父はすっかりと寝息になっていた。
寝てしまった父を見つめながら、私は思わず溜息を吐いた。
まだ電車が来るまで時間がある。慌てて起こす必要はないか。
高架上の駅構内に涼やかな風が撫でてくる。
線路先に寂しく光る街灯達。一つ一つが残してきた思い出が点在している様に見えていた。
ずっと先まで続く光の点在。それを見て思った。
ああ、あれからもう随分と生きてきたんだと、不思議とそんな想いが湧き上がっていた。