私が呆れ顔で言うと、知美の視線はまたスマホの画面へ。そして呟くように言った。
「……いや、何か思い出して飲んだのかなって。そんな風に見えただけよ」
知美のその指摘は正直、的を得ていた。
色々と想う切っ掛け。あの婚前式からだった。彼の御両親と話した時。
真さんにも兄弟がいる。私達と同じ三人で、下に弟さんと妹さんが。
妹さんは結婚はまだだったが、弟さんにはお子さんもいる。
話の流れの中でお義父さんに訊いたんだった。
「弟さん、結婚した時には何か贈り物してくれたんですか?」
両親への恩返しの贈り物。少し考えてた時期だったので参考がてらに訊いたんだ。
「いや、物は貰わなかったよ。結婚前に呑みに行ったくらいだったか……」
「お二人だけで?」
「そうそう。近場の居酒屋にね。昔、私が“息子と呑みに行ける様になるのが楽しみだ”なんて言った事を覚えてたんだろうなぁ」
「それが夢だったんですか」
「大した事じゃない。ただ昔から大人になるって事は酒を酌み交わす事なんて古い考えだよ。まあ正直、嬉しかったけどな。酒を飲める歳になっても一緒には行かなかった。本当に初めての経験だよ」
どの父親も同じような事を想うのだろうか。
私達は姉妹。息子がいたら父も同じ事を考えたのだろうか。
別に女だって酒を酌み交わしても構わない。そう考えると、父に訊きたい事を聞ける機会になるとも思ったんだ。
各駅電車しか止まらない、ホームも走る電車に迫りながら歩く様な小さな駅。
普通、この駅の利用は他路線の乗り換えの為に降りる位。駅外へと出て行くのは、ここが住人の方か学生ばかり。
少し古くさく小汚い印象。たった一つしか無い改札口。そこで私は、高架上にあるホームから階段を降りてくる人達を見つめていた。
帰宅時間。階段を降りてくる人も、上がって行く人も多い。
狭い階段の中の混雑の中で一際目立って、いいえ私には一目で分かるゆっくりと階段を降りてくる人。
階段脇の手摺りに手を掛けながら降りてくる父だった。
「お父さん、こっちこっち」
控えめの手振り、抑え気味で声で父を私は呼び寄せていた。
「どうしたんだい、急に。日中にお前からメールが届くなんてビックリしたよ」
少し恥じらいも混じった苦笑いを見せ、近寄りながら父が言っていた。
「ゴメンね。でも、お母さんから夜は予定はない筈だって聞いていたから。急でも大丈夫かなって」
「母さんも適当だなぁ。多少の野暮用だって有るかもなのになぁ」
「だから日中に連絡したじゃない……でも、ありがとうね。来てくれて」
「……まあいい」
急に私がお礼を言った事が恥ずかしかったのか、似付かわしくない素振りで俯き加減になる父だった。
恥ずかしがる父をそのまま連れ添って、私達は駅外へと向かった。