心の何処かにでも決めていたのだろうか。三人が嫁ぐまで好きでもない仕事を頑張ろうとでも。
だとしたら悪い事をしたのかも知れない。娘三人の中で最後まで私が結婚が遅れていたから。
理由は単純、仕事が楽しかったからだ。
それでもこれから先、共に生きていこうと想える人と出逢えた。
ようやくと身を固める事になり、ふと考えてしまうのが父の退職の事実。仕事に対して信念を向けていると思っていたから、私と同じに。
早期退職を選択した父に、少なからず失望したのかも知れない。
私の目の前で友人の知美がスマホを振りかざしながら言った。
「ちょっと典子、聞いてるの?」
喋り続ける知美をほったらかして、自分のスマホに見入っていた私を見かねたのだ。
「ゴメン、聞いてなかった」
「何か思いに耽るって感じでいるんだもん。もしか旦那さんから連絡でもきた~? やぁね新婚さんは、妬けるわ~」
「ちがうちがう、彼からじゃないって……別の案件。返信を待ってたから」
「別に隠す必要なくない? 旦那と密に連絡取る若妻って、けっこうに素敵よ」
「だからホントに違うんだって。夜からの予定の事だって」
私は笑って誤魔化した。
会社での同期で、先に結婚退職してしまった元同僚になる知美。子供ももう大きいのが二人もいる。
退職後も付き合いは続き、色々と相談も世話もしてくれた。家事も育児も大変だろうに、こう時間を作って逢いに来てくれる。アクティブな女性だ。
「典子さ、ホントに良かったの? 結婚式挙げなくてさ。あんな親しい友達だけで飲み会みたいな披露会だけでさ」
「あの時はありがとね。幹事を引き受けてくれて。素敵なお店も用意してくれたし」
「素敵って言っても飲み屋だけどね。披露会するには若干ズレてる感じでもあったが……」
「そんな事ないよ。料亭に似た上品な雰囲気もある和風のお店で。料理は本当に美味しかった」
「オーナーさんと以前から知り合いでね。披露宴を何処かでやりたいって愚痴ったら、良心的な値段で貸し切りにしてやるよって言ってくれるから……そうでなくて。私の話は結婚式。けっこんしき」
そう聞かれて、私は手持ち無沙汰に両手の指でスマホの縁を撫で回す。
「ああ……二人で決めた事だから。結婚式はしないって」
真さんとは散々に話し合った、その事については。