ノアは頭を振って、もちろんだと言う。
由衣は知っている英単語を繋げ、ジェスチャーを交えながら少しずつ心の扉を開いていく。ノアのTシャツも由衣に微笑む。完全に内容は理解できなくとも、お互いに相手が何を伝えたいのか、言語以外の何かで感じ取っていた。
由衣は確信した。言葉を壁にしていたのは自分の方だったんだと。
今にも地面に顔を擦りそうだった由衣の逃げ腰は、徐々に体を起こし視線を上げていく。
その目線の先には、新しい未来が見えていた。
帰りがけ、ルイスからノアは週末に日本を発つのだと聞いた。由衣は残念な気持ちはあったが、背筋の伸ばしてくれたノアとの出会いに、感謝でいっぱいだった。
金曜日の夜は文字通り、金色に輝きだした。
月曜日、弥生が小走りで由衣のところへやって来た。
「美穂から聞いたよー!なんかイイ感じだったんだって?どこの誰よ?」
「ちょっと朝から何よ〜。ルイスの友達だって。」
「連絡先は?」
「聞いてない。」
「今すぐルイスに聞けっ!」
「いいよ、だって今ごろアメリカだよ。」
「また来るかもしれないでしょ!これだから由衣は!」
美穂と弥生に叱れながら、いつものオフィスで新しい上司を待つ。
スッと空間を裂くように自動扉が開く音がする。
「Hello!」
聞き覚えのある声。紺色のスーツに身を包み、清潔感のあるサラリとした髪は昼の光を浴びてに黄金に輝いている。女子達の艶めくオーラが一気にメーターを振り切った。
「…ノア?」
由衣のキョトンとした顔を見て、ルイスは笑いを堪えている。
美保は小太鼓でも叩くように由衣の肩を連打する。
弥生もすぐに感付いたようだ。
ノアは集まった人達に丁重に挨拶を済ませると、
「ノア・ジョンソンです。ヨロシクオネガイシマス。」
と締め括った。
拍手と共に女子の黄色い歓声が上がる。
「歓迎会しましょうよ!」「いつ日本に着いたんですか~?」「好きなものなんですか?」
女子に囲まれ質問攻めのノアが一つだけ笑顔で答えた。
「I like Hoppy !!」
そして由衣に向かって小さいウインクを投げてきた。
「ドラマかよッ!!」