「Hi! 由衣さん、こんばんは!」
突然、背後を跳び跳ねた声が叩く。振り向くと、片手にドリンクを持ったルイスが白い歯を輝かせている。
「わ!…ルイスさん、今晩は。」
由衣は一瞬ドキリとしたが、ルイスは日本語も喋れるのでホッとした。長丁場の会議を終えて少し襟元がくたびれていたが、持ち前の陽気な雰囲気は健在だ。
「一人?一緒に、座ってもOK?」
気がつけば、カフェはほぼ満席の状態だった。
「OKOK。美保も一緒だよ。」
由衣は手でOKサインを出す。日本語を口にしていても、その手は生き物のようにバタバタと大きく動いてしまう。
「ありがとうねー!」
ルイスは隣の席から椅子を一脚拝借すると、英語で誰かを呼び手招きしている。
「え!?」
由衣は肩があがり固まった。テーブルを縫いながら見知らぬ男性がやって来る。伸びたTシャツに破れたデニム。金色の髪が寝癖をつけたまま揺れている。目鼻立ちは整っているようだが、Tシャツのアニメキャラが無駄に微笑んでいて、それどころじゃない。
(だ、誰ーーー!?)
ユイは声には変換出来ない心の叫びを体内に響かせて、美保の居場所を確認した。まだ列の後ろの方で、恐らくあと5分以上はかかるだろう。
「えっと、由衣さん。こちら友達のノアさんです。」
「ノアデス。Nice to meet you.ドウゾヨロシク。」
ノアは、日本語と英語を交えながら挨拶した。その可愛らしい笑顔は初対面という緊張感を倍増させる。しかし、直後に伸びる<握手の手>が、さらに由衣を緊張の淵に追いやった。
「ほ、本田由衣です。」
まるで幽霊のよう差し出す由衣の手を、ノアはしっかりと受け止め優しく握った。
「ノアさんは、優しいよ。怖くないよ。」
ルイスがニヤニヤと由衣を冷やかすように言った。
由衣は何も言い返す言葉が全く出で来ない。なぜ自分の顔に笑顔が張り付いているのかも分からず、彼のTシャツのチョイスが気になるところだが、由衣は高鳴る胸の鼓動を感じていた。
「Hi! ルイス!」
美保がトレイにドリンクと、追加でタコのマリネをのせて戻ってきた。
美保の人懐っこい性格と、底抜けに明るいルイスは気が合うらしく、わちゃわちゃと賑やかな雰囲気に包まれた。
「お待たせ由衣!ごめんね、混んでた!」