「へ〜!今年はホッピーだって。なんか、新鮮~。」
美保が大きなカフェ看板を眺めながら言った。
「ホッピーかぁ。実は私飲んだ事ないんだよね。大丈夫かなぁ。」
ビールを連想させる遮光瓶を見て、由衣はやや不安を感じる。あまりビールは飲まないからだ。ついでに由衣の体はあまりアルコールを欲しない。付き合いで飲むか、ソフトドリンクでその場をやり過ごしていた為、これまでの人生ホッピーに辿り着けるルートは一切存在しなかった。
「ま、色々メニューあるみたいだし!ものは試しよ、由衣さん!」
美保は電車ごっこのように由衣の肩に手を乗せて、ウキウキとカウンターへ進んだ。
芝生の上には、ゴロンと設置されたワゴン型のお店が二台ある。その左右両側にカウンターがあり、カフェ側はイートイン、反対はテイクアウト用に分かれていた。
「いらっしゃいませ!」
威勢のいい挨拶とはギャップのある、色白で細身のお兄さんが顔を覗かせた。中は狭そうだが、必要なものが全て手に届く範囲に揃っていた。
「えーっと。何にしようかな。」
列に並んだ際には決定していたはずのオーダーが、再度目の前に広げられたメニューによって
リセットされてしまう、美保のお決まりのパターンだった。
「う~ん。オススメってあります?」
結局、美保はお兄さんが個人的に好きだと言うホッピー×白ワイン。由衣はホッピー×ジンジャーエールに決まった。小腹が減っているので、美保セレクトの唐揚げとチーズの盛り合わせが追加された。
由衣と美保は、ちょうどラバーが見えるテーブル席に落ち着いた。ヒールを履いていても芝生の柔らかさが心地よく伝わる。
美保は携帯をとり出し、シトリン色のドリンクをパシャリと撮った。大きめの氷がカラリと揺れる。
「インスタ用?」
「うーん。それもあるんだけど、お父さんに送って自慢するー。」
「美保のお父さんホッピー好きなの?一緒に来たらいいじゃない。」
美保は角度を変えてもう一枚撮る。
「生より断然ホッピー派だったみたい。昔ビールが高嶺の花だった時代、お酒と割って飲んでたみたいよ?」
「へー!よく知ってるね~。」
「今の今まで忘れてたよー。お父さんの事もね!!」
二人で同時に吹き出すと、由衣もしばらく会っていない父親の顔が目に浮かんだ。
「しょうがない!今度連れてきてやるかっ!」
携帯をバッグにしまいながら、美保が吐き捨てるように言う。しかし、その横顔はどこか嬉しそうだった。