「わたしは萌花といいます。わたしも千石さん30代前半かと思いましたよ」
千石は恥ずかしそうに笑う。
「こういうラフな格好が好きだからね。どうしても若づくりしているように見えちゃうよね。年相応の格好しろって話なんだけど。お恥ずかしい」
笑ったときに目じりに出来る皺が、またなんとも言えずセクシーだった。萌花はたまらずジョッキの中身を一気に飲み干す。
「おお、いい飲みっぷりだね!今日はどんどん飲んじゃって」
山城にウィスキーを注がれながら、萌花はアルコールがふわふわと身体中に回るのを感じていた。心臓が変にどきどきしているからだろうか。普段どんなに飲んでも酔うことがない萌花にとっては初めてで不思議な感覚だった。
2本目のウイスキーボトルが空になったところまでは覚えている。和那はあのイケメン青年にしつこく絡み続け、気付けばシフト上がりの彼は同じテーブルでホッピーを飲んで盛り上がっていた。美春も山城と楽しそうに盛り上がっている。そして萌花はというと千石とテーブルの下で手をつなぎながらホッピーを飲んでいるのであった。
一体彼となんの話をしたのか、後半まったくと言っていいほど記憶がない。
萌花は生まれて初めて記憶を飛ばした。
「うぅ……あっつ」
午後の日差しが燦々と照りつける中、萌花は自分のベットで目を覚ました。頭がガンガンする。まだ酒がたっぷり残っている頭をどうにか起こすと、昨日の服を着たままだった。どうにか脱ごうとしたのだろう、ストッキングが片足だけ脱げて伝線している。
「あー最悪」
ボサボサの頭を掻き毟りながら、どうにかキッチンまでたどり着き、水を3杯立て続けに飲んだ。しばらくぼんやりとしていると、携帯がなった。和那と美春のグループラインだ。
『萌花~大丈夫?二日酔いにはトマトかキャベツだよ』
『それにしても!やったね萌花。玉の輿候補ゲットじゃん』
『まさかあの見た目で、ってびっくりだよね』
『ねー!さすが萌花、嗅覚がちがうわ』
『ところで和那はどうだったの?』
『へへー今度イケメン彼とデート』
『あらぁ。でも彼まだ若いでしょう?』
『いいの。恋に障壁はつき物だから』
玉の輿候補?一体なんのことだろう。千石さんと仕事の話をした記憶はすっぽりと抜け落ちてしまっている。2人になんのことか聞こうと携帯を持ち上げた時、はらりと一枚の名刺が滑り落ちた。
『xexecity 代表取締役社長 千石 彰』
それは千石の名刺だった。つないだ手の感覚を思い出し恥ずかしさで身をよじる。そのままぼんやりと幸福感を感じつつ眺めていたが、しばらくしてその肩書に気付き息を飲んだ。