眉唾の都市伝説だと思っていたが、今、自分の目の前にいる。
目を細めて、本当に美味そうに飲んでくれる姿は輝いて見えた。
女神だ。
そんな彼女が困っている。
あんなに味わってくれた彼女を窮地から救いたい。
手も足も知恵も出せないのがもどかしい。
ホッピーの中で、泡がひとつ弾けた。
どげんすかいな。
男の前に置かれた薩摩半島生まれの芋焼酎は思った。
いっつも、わっぜ美味そうに飲んでくれっちょは嬉しけんど、素敵な女子だから、わざといみしごろを言ったかもしれん。
まだ、こどんじゃの。
悪り男じゃねのは、わしがようしっちょる。
ちょっと、やっせんぼじゃけど、芋焼酎一筋の一本気な男。
だけど、それじゃ視野が狭なる。
世界があって、他人がおって、おいがおる。ちゅうことを、よく言ってやろごっちゃ。
でも、一肌脱いじゃろにも、わしはただの芋焼酎じゃ。悔しか。
仏蘭西の言葉じゃったかな。
『天使が通る』っちゅうて、まさに今を言うてるのは。
芋焼酎の一升瓶の中で、小さなさざ波が立った。
うちの出番ちゃうかな。
薄暗いバーの天井で羽ばたいている天使は思った。
家帰るのに、ショートカットしてこまそうと通りかかったのはええけど、どうもあかん空気が漂ってはる。
いくら、うちが通る時に、みんながどうしてか黙るゆうても、こりゃないで。
状況は、ぱっと見で飲み込めた。なにせ、うち天使やし。つまり、天の使いやし。何でもお見通しやねん。
このあかん空気を何とかするには、互いを認めるってのは、どないやろうな。
存在を認め、違いを認め、そこから進む。めっちゃ人間的やん。
うちもちゃっと帰りたいし、それがええと思う。ベストやと思う。
ほな、何を認めるのかってのか肝心やね。
そうやな。時間を巻き戻すことはできひんから、せめて建設的になってもらおかな。
今日は、仕事がややこしくて、疲れて、頭があまり回転せえへんねん。いつものことやろってか? じゃかあしい。
ほな、やるで。
あの店主、結構、人が良さそうやし、体、使わせてもらうで。堪忍。
天使は、店主の体の中に突っ込んだ。
店主が身震いさせて、口を開けた。