正樹君を睨む私の視線に気づいた香織さんが隣から言うと、他の先輩達も(そうそう!)と頷く。
「昨日、大変だったんだってぇ~聞いたよ店長から!」
優一さんの声がして慌てて視線を向ける。
(店長!やばいっ、報告するの忘れてた)私の顔が硬直しかかった時、皆の視線が店の入口に向いた。
「お邪魔しますよ~」
(店長!? )思わず立ち上がってしまう。
「て、店長、すみませんでした。あ、あの報告がまだで、えっと、」
(いいんですよ)と言いながら慌てる私を笑顔と手で制してから
「ホッピー、白でお願いします」と注文した店長。
日頃から品のある振る舞いが自然と出来る大人。いつも穏やかに笑って仕事をこなす。煙の充満する居酒屋でホッピーを飲む店長は想像しにくい。
「亜希さん、石井様が先ほど店にいらっしゃいました」
(石井?)誰?と疑問符の付く頭の中。ゆっくりと話す店長の穏やかな声のトーンに慌てていた気持ちが不思議と落ち着きを取り戻してゆく。
と、金の柄シャツがぽっかりと浮かんで(ぎょっ)とした。
「石井様は昨夜の事で謝りに来られました、せっかく配達してくれたのにお寿司を食べてしまって申し訳なかったと言ってね。お詫びにと今日も沢山のお寿司を買って頂きました。亜希さんお手柄でしたね!」
(えっ)あの金の柄シャツ男が謝りに?!
「亜希、よかったな!」
嬉しそうに言う正樹君をじっと見ると、その目が微かに潤んでいた。
何故か私じゃなくて正樹君の潤んだ目でしんみりした一同に威勢のいい店員さんの声がしてジョッキと黒い瓶がテーブルに置かれた。
香織さんが黒い瓶を私のジョッキへ傾けると、氷と炭酸が弾けて美味しそうな音が広がる。
「ホッピーはね、試練を乗り越えた後に飲むから美味しいのよ!今日の亜希ちゃんにはきっと物凄く美味しいはず!」
(試練)と言えば試練だった。昨日の私。でも乗り越えたと言うより必死だっただけ。結局、箸も醤油も役には立たなかったのだから、乗り越えられてはいないと思っていた。けど、金の柄シャツは謝りに来た。バイトリーダーとしての仕事が出来たって事?
「じゃ、みんな揃った所で、もう一回かんぱ~いぃ!」
鼻を啜りながら潤んだ目で顔を上げた正樹君が号令を掛けるとみんな一斉にジョッキを掲げる。
シュワシュワと音を立てるグラスを皆と重ね合わせてから一気に喉へ流し込んだ。弾ける泡が喉元に広がって胃の中へ滑り込む。
(んぅぅ~うまいっ!)