桜通りまでチャリで片道20分ってところだ。花見客でごった返す通りで目的のお客様を探し出し、頭を下げてから戻ってくる。最短でも1時間はかかるだろう。ショッピングモールの中にある店舗は退出する時間が決められている。それを考慮すると迷っている時間はなかった。
店長に電話をして判断を仰ぐという手もある、しかし答えは出ている。過去に正樹君がリーダーだった時、同じような事があった。正樹君は迷わず配達に行った。だからそうする事が正しい判断だと自分に言い聞かせる。
「行ってくるから、機材の洗浄とお店の片付け!出来るよね?!」
不安そうに私を見つめる彩香ちゃん。微かに頷いた事を確認して(箸と醤油)をガバッと掴んでビニール袋に入れると自転車置き場まで走った。
まったく、なんでまた!なんでなのよ!
腹立たしさが込み上げたが、声にはせずに足を速めた。
さっきの電話口の声を思い出すと、予約の桶寿司を取りに来た客に間違いはない。ちょうどレジに行列が出来始めた時間だった。
割り込むようにしてレジ前まで来た男。周りの客の怪訝な視線が控えめに見えるくらいに強引な態度を振りまきながら。テレビに出てくるチンピラのように派手な出で立ちだった。
「予約してあんだけど、石井だ」
サングラスの隙間からいかにも悪い目つきで覗くようにして発した声は以外にもちょっと高めの声だった。
「あっ、はい」
レジに並ぶ沢山の人が、割り込まれた事を不満に思う視線をこれでもかと言うくらい私に向ける。割り込んだ男に向ける(それ)とは違って、遠慮など微塵もなくむしろ攻めるような視線。
(お客様並んでいただけますか?)と言わなければならない。マニュアルにもそう書かれていたと思いつく。思いつくけれどこの場合はどうなんだ?そんな事を言っても通じる相手ではなさそう。
毎年この時期に多い花見客の予約。昼間のパートさんを臨時で増やし対応した甲斐あって桶寿司はすでに出来上がっている。マニュアルは臨機応変にと言った店長の顔が浮かぶ。押し問答になって、怖い思いもやるせない思いもしながらレジに並ぶ人たちを待たせるくらいなら、先に渡してしまう事が最善だと判断した。
「彩香ちゃん、そこの桶寿司、石井様にお渡しして。お代済みだから」
「はぁ~い」
間延びした彩香ちゃんの返事が気になりつつも、レジの行列をこなす事に集中しようとした。
「あっ、私も予約。鈴木です」
行列から数人が前に進み出る。(しまった)と後悔しても時すでに遅し。キレイに並んでいた行列がバラバラと崩れ、少なからず混乱が起きてしまった。