「急にじゃねぇよ、あいさん心配してたぞ、このままじゃ死ねないってな」
母はこの年まで独身の俺に、たったの一度も結婚とゆう言葉を向けた事はなかった。でも薄らと感じてはいた。きっと心配しているのだろうと。
「なんだよ、彼女いるのか?!」
「い、いませんけど、でもほらっ実咲さんは僕よりずっと若いですし、」
動揺しながら、いつの間にかしっかり真面目に答えている俺。まだ明るい外に目をやってから、昼間のホッピーは旨いが、やっぱり効くなと思う。
「おじいちゃん、お待たせ。これでいいの?」
実咲さんが両手にジョッキとホッピーの黒い瓶を持って戻って来た。俺は俄かに自分の顔が熱く火照っていくのを感じた。
「おぉ、それそれ!よしっ修吾飲むぞ」
ジョッキの中にホッピーが注がれると弾ける泡がパチパチと音を立てた。
火照った顔を実咲さんに悟られないうちにと、俺の中で虚栄心が起動してジョッキを煽った。
「いい飲みっぷりだね!修吾」
調子よく持ち上げられた気がしないでもなかったが、ホッピーの中と外をひっきりなしに俺の前に差し向ける権蔵さんと他愛もない話をした。
今までに最高でどれだけの酒を一晩で飲んだとか、野球とサッカーのどっちが面白いとか、正月の箱根駅伝は世の中で一番泣けるドラマだとか。
気づけば、静かに飲んでいたはずの付き添いの俺たちは座敷中が一体となって権蔵さんを囲むように盛り上がっていた。
どうでもいい話しをしながら、こんな夜はきっともう来ないかもしれないと思うと、この時間を止めてしまいたいと願わずにはいられなかった。
母の付き添いで来たのだから、今日は飲みすぎないようにと思っていたのに俺は不覚にも少々酔っ払ってしまった。圭吾兄ちゃんが(権蔵さんには気をつけろ)と言ったのはこうゆうことだったのか?
「大丈夫ですか?」
酔いを覚まそうとトイレに行って戻ると、実咲さんが冷たいおしぼりを差し向けてくれた。
「は、はい。権蔵さんはお元気ですね、負けそうだ」
「そうですね、今でも毎晩ホッピーを飲んでいるんですよ。でも今夜のおじいちゃんはとっても楽しそうです」
俺が産まれる前からホッピーを飲んできた権蔵さんは、当たり前だが飲み方を心得ていた。俺はどうやら気持ちよく酔わされてしまったようだと気づく。
「そうですね」
実咲さんの言葉を耳に、母の姿を目で追うと何とも楽しそうに笑っていた。