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『うらら会』黒藪千代

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 30代半ばくらいの程よくぽっちゃりした体形の女性が車いすを押す俺達の前まで小走りにやって来ると、腰を落として母の顔を覗き込んだ。
「はい、そうです」
 喧噪の中で母の小さな声は車いすの後ろに立つ俺にも聞こえずらい。それでも女性は大きく頷いてリストのような紙を母の前に差し出した。
「この中にお名前はありますか?」
 じっと紙に目を凝らす母。メガネはバックの中に入っているはずなのに母は僅かに後ろを振り返って俺に助けを求めた。
「あっ、はいこれです。戸枝あいです」
 俺の指差した先を見て、女性は一瞬で頬を緩めると(スエ子の孫です)と言って母の手を握り締めた。
「スエ子さん、」
 にわかに不安げな母の声。車椅子の中で小さな身体がキュゥと音を立てて萎むように見えた。
「もう店に来ていますよ!」
 母の背中が大きく上下して、安堵の息を吐き出した。
 スエ子さんの孫だと言った(実咲さん)は、店までの短い距離を俺と並んで歩きながら時折スキップでもしているのかと思う程に身体を弾ませて嬉しそうに笑っていた。
 店の入口で車椅子から立ち上がった母に伴って、個室へと続くロールカーテンの中へ足を踏み入れた。
(はっ、)息を飲む母。俺は慌ててその小さな肩に手を添えた。口元に手を当てたまま固まる母。顔を上げると、そこには皺くちゃの手や顔で再会を喜び合う沢山のお年寄り達が集まっていた。
「おばあちゃん、あいさんよ!」
 実咲さんが駆け寄った方へ視線を向けると、母とよく似た背格好のおばあさんがこちらを振り返った。
「あぁ、スエ子さん・・」
 そっと触れていた母の肩が小刻みに震え、堪えきれず泣き出した。その振動に触発されるように俺の中に熱い何かがこみ上げて来る。俺はぐっと奥歯を噛み締めて堪えた。

 次々と運ばれてくるホッピー。程なくして総勢30人以上のうらら会が始まった。お年寄りの数と同じだけ付き添いの家族がいて、20人用の個室だけでは収まらずロールカーテンを開けてテーブル席にまで広がっている。春の夕暮れは心地いい風が流れて『うらら会』という呼び名がよく似合っていた。約束の時間が来るまでの間に実咲さんはリストを広げて、もうすでに半分のメンバーが来ていると説明してくれた。
 長寿大国の日本、恐るべしだ。
 椅子の方が楽だと言ってお年寄り達はテーブル席に、付き添いでやってきた俺たちを個室の座敷に残したまま盛り上がりを見せていた。

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