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『幸せの味』塚田浩司

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 幸い初期段だったので、すぐに手術をしてガンを取り除き仕事にも復帰した。もちろん我が家での宴会も続けていたのだが、しばらくするとガンは再発して、とうとう仕事にもいけない体になってしまった。
 父はそんな状態でもみんなに会いたかったらしく、宴会をひらいた。
「こんな体だから、焼酎はいれないでホッピーだけで飲むぞ」
 やせ細った顔で父は言い訳をした。いつもたいして焼酎は入れていないくせに、と私は思ったが、父は美味しそうにホッピーを飲んでいた。
 大工たちは始めのうちこそ、見舞い方々顔を出していたが棟梁の父が働けなくなったことで、別の会社に勤め、みんなはバラバラになった。そのこともあり、我が家に顔を出す機会が徐々に減っていき、とうとう誰も来ない土曜日が多くなった。

 高校を卒業すると私は家から通える距離の会社に就職した。その頃になると父はあんなに大好きだったホッピーすら受け付けなくなった。ホッピーが消えた我が家の雰囲気は暗かった。母は父の看病に付きっきりだったのだが、父はいつも機嫌が悪かった。ちょっとしたことで母に八つ当たりをしていたのだが、その怒鳴り声も表情も弱弱しく、そんな父を見ているのが辛かった。
 結局、父のガンは完治することなく、私が二十歳の時に亡くなった。
 お通夜の時、久しぶりに父のもとで働いていた大工が集まった。大工たちは父の遺体と対面し、大粒の涙を流しながら、ここ数年顔を出せなかったことを悔いていた。みんなの顔を見ると、時の流れを感じた。父に説教されていた橋本さんはだいぶ凛々しくなり、逆に初恋の北村さんは中年太りで見る影もなかった。
 大工たちは祭壇に各々が持参したホッピーを供えた。そして母は料理を作り、私はそれを手伝った。みんなをもてなすのも、そして我が家のテーブルにホッピーセットが上がるのも久しぶりだった。みんなは父の思い出話をして無理やりに笑っていた。きっとその方が父は喜ぶと思ったのだろう。
 その晩、大工たちは親戚や弔問客が帰り、十二時を過ぎても父の元を離れなかった。
 台所で母は無心で料理を作り続けた。まるで何かにとりつかれているようだった。
「お母さん、そんなに作ってももうみんな食べられないよ」と私が言うと母は手を止め、その場でしゃがみ込みエプロンで顔を覆い、声をあげて泣いた。
 かける言葉も思いつかず、「テーブル片づけてくるね」と言い、宴席に行くとみんなは喪服姿のまま雑魚寝をしていた。父の遺体も近くに合ったので、誰が死人か分からないくらいだった。
 私はその場に座りホッピーの瓶を手にした。瓶の中にはまだ半分ほど残っていた。ホッピーから縁遠くなってしまい、あんなに憧れていたにもかかわらず二十歳を過ぎてもホッピーを飲んだことがなかった。私は瓶のままホッピーに口をつけた。ホッピーの味はただただ苦いだけで美味しくなかった。テーブルの上に転がっているホッピーを見て思い出す。あの頃は幸せだったな。父がいない家にはもうホッピーはいらない。父もホッピーもない我が家には幸せももうやってこないんだな。この時はそう思った。

 しかし、三年後、思ったより早くホッピーと再会する。

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