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国際短編映画祭につながる 短編小説「公募」「創作」プロジェクト 奇想天外 BOOK SHORTS

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『幸せの味』塚田浩司

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 父は大工の棟梁をしていた。背は低かったけれど、どっしりとした体に黒い顔は怖くて威圧感があった。しつけに厳しく、小学生の頃、ほんの少しだけ丈の短いスカートを履いただけで「おい、チヒロ。そんな遊び人みたいな恰好するんじゃないガキの癖に」と怒鳴られた。お気に入りだったスカートはタンスの奥にしまわれ、二度と履くことを許されなかった。我が家では父の言うことが絶対で、母もそんな父によく尽くしていた。とにかく私にとって父は怖いという存在でしかなかったのだ。
 いつもは不機嫌そうな父だが、ご機嫌な時もある。
 父は毎週土曜日に弟子の大工を家に招き宴会をしていた。大工五人で食卓を囲むのだが、毎回、大盛り上がり。仏頂面の父も、顔を真っ赤にしながら目尻が下げ、恵比寿様のような顔になる。
 私は母の手伝いで、おつまみやお酒を運んだりするのだが、そのお酒がいつもホッピーと焼酎で、それを我が家ではホッピーセットと呼んでいた。当時、小学生だった私でも、世の中にはビールや日本酒、ワインがあることを知っていたので、どうして家はいつもホッピーセットなのか疑問だった。後から分かったことだが、実は父、酒にめっぽう弱かった。
 ホッピーセットは調整可能な飲み物だ。我が家ではお酌文化はなく、各々で作る。大きなジョッキを用意し、焼酎をキンキンに冷えたホッピーで割る。酒に強い大工たちは焼酎を多めに入れるのだが、父は酒に弱いので焼酎はひとたらし程度だ。父はとしては酒が弱いことを周りに知られたくないので、テーブルの下でこっそりと作る。ほんの少しの焼酎でも父は酔っぱらうので、母は「うちのお父さんは安上りね」と台所で笑っていた。
 最近ではなくなりつつある考えだが、古い人間からすると酒に強い男がカッコいいのだ。大酒のみこそが男なのだ。そんな父にとってホッピーはメンツを保たせてくれる有難くて優しい飲み物だった。と言ってもおそらく弟子たちは父が酒に弱いことは知っていたと思われるが、棟梁に気を使って誰もそのことに触れることはなかった。

「さあ、チヒロおいで」
 ご機嫌な父は私にも優しい。手伝う私を膝の上によく乗せてくれた。これもお酒が入っていない時には考えられないことだった。
「お前は本当に可愛い顔をしているなあ」
 そう言いながら私の頭を撫で、
「チヒロ、どれが食べたい?」
と聞いてくれるので、私が「枝豆」と答えると皿に取り分けてくれる。そして父の膝の上で枝豆を食べる。枝豆をポロポロと父の膝の上に落としても全く怒らない。
 私としては日常の怖い父を見ているので、別人のように優しくなる父が不思議で仕方がなかった。まるで魔法の飲み物だと思った。それに何よりホッピーを飲む父の顔が幸せそうなのが印象的だった。
 大人になったら絶対にホッピーを飲みたい。そして幸せの味を知りたいと子供の私は思っていた。

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