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『幸せの味』塚田浩司

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 私の初恋はこの宴席で生まれた。相手は北村さんと言って当時二十代半ばくらいの大工で、目がクリっとしていて、サラサラヘアーの爽やかな人だった。口数は少なく、周りが大声で喋っていても、にっこりしながら聞いているような人だった。他の大工はズケズケと物を言うヤンチャな人達なのだが、北村さんはみんなと違い、言葉使いも丁寧で品のある好青年だった。それにずんぐりとした体形の父とは対照的にスラっとしていて、一軒細身だが、中では一番の力持ちだったようだ。そのギャップもカッコ良かった。
 ある日、いつものように母の手伝いをしていると、「こっちにおいでよ」と北村さんが私を呼んだ。その時、父は他の大工と野球の話で盛り上がっていた。
 隣に座ると北村さんは「僕さあ、サッカー派なんだ。野球は興味なくて」と微笑んだ。確かに野球よりサッカーの方が似合うなと私は思った。
「それにしてもさあ、チヒロちゃんは良いお嫁さんになるよ。こんなにお手伝いしてさ、偉いよ」
 褒められても何と答えていいか分からず、黙っていると二人の間に妙な間が開いた。北村さんは頭を掻きながら言葉を探している様子だった。北村さんはジョッキの中身を飲み干し、
「チヒロちゃん、クラスに好きな男の子とかいるの?」
「えっ?」ドキっとした。小学生にとっては聞かれたくないし、答えるには恥ずかしい質問だ。私が何も答えずに俯くと北村さんは慌てて「ごめんね。変な事聞いちゃって」と謝り、さらに気まずい雰囲気になった。私は立ち上がり、無言のまま台所に戻った。立ち去る私の背中に「ごめんね」と北村さんはもう一度申し訳なさそうに言った。その声に私は振り向かなかったが、北村さんの気づかいと思いやりはよくわかった。その瞬間、「ああ、私は北村さんが好きだなあ」と思ったのだ。
 初恋の相手北村さんはそれから一年後に結婚した。その少し前に北村さんは我が家に結婚相手の依子さんを連れてきて父に紹介した。髪が長くて、肌が健康的に黒くて、私からすると北村に相応しいと言えるほど美人とは思えなかったが、父や大工からは「良い嫁さんだな」と褒められていた。明るくて物おじしない性格なのか、みんなと同じようにホッピーセットで乾杯するかと思いきや、
「私ホッピー飲めないんです。酎ハイとかないですか」
と堂々と言ってのけた。家には酎ハイはないのでなんと母が酒屋まで買いに行ったのだ。
 北村さんはこういう女の人が良いんだ。私は冷めた目で見ていた。この時に決めたことがある。私は依子さんと真逆の人間になると。髪は長くしないし、肌は焼かない。それから大人になったら酎ハイは飲まず、ホッピーを飲む。
 そのことがキッカケで何の未練もなく、北村さんに対しての想いも冷めてしまい、こうして私の初恋は終わった。

 私が中学生になった頃、父が体を壊した。だいぶ前から体調の悪さは感じていたらしく、母は病院に行くように勧めていたのだが、病院嫌いの父は先延ばしにしていたのだ。それでも現場に車で移動するだけで吐き気を催すようになったので観念して病院で検査をすることになった。病名は胃がんだった。

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