■焼酎
チョコバナナに睨まれ、焼き鳥を焼く彼の手は止まった。
カウンター内にいる彼の名札には「店長 焼酎」と書かれている。スタッフ全員をお酒の名前にし、少しでも話題を集めようとした彼自身の案だ。
彼は2年前の独立以降、一度のトラブルもなく経営を続けてきた。それが、今日一日で二度もクレームを受ける訳にはいかない。そう、数分前、別の客に怒鳴られたばかりなのだ。
それが現在、2番席のチョコバナナに睨まれている。彼が生まれて42年、スイーツに睨まれたのは初めての経験だ。ただ、それは祭りの屋台で見るような、バナナ全体にチョコがコーティングされたものではない。薄い黄色の上下、腰には焦げ茶色の帯。バナナの中央部に、少しチョコがかかっただけの粗悪品だ。少なくとも、彼にはそう見えた。
しかし、女は彼の何に不満を感じているのか。
1分前までは、女に睨まれてはいなかった。確か、体を右に捻っていたのだ。そして今は左に捻っている。腰が悪い? だから体操をしている? きっとそうだ。そのせいで顔を顰めているのか、顔は彼女の元々のポテンシャルなのかは不明だが。彼は理由がわかり、胸をなでおろした。
「ソト1本お願いします」女は笑顔で言った。
「あいよ!」彼は、女の顔のポテンシャルは低くないことを確認した。同時に、早いなとも思った。彼女はつい数分前にホッピーを注文したばかりだったからだ。もう飲んだのか、と見ると、女の卓上には空瓶すらなかった。彼は不思議に思い、女にホッピーを提供した時のことを思い返した。
あの時、私はホッピーを持って行き、2番卓上に置いた。その後すぐ、彼女はトイレに行った。私は卓上の空瓶を取り、戻ろうとした時、1番席の男が声を荒らげた。
「ちょっと! こっちが先なんだけど!」
「あ、大変失礼しました」私は2番席で電話中の男性に会釈をしてから、置いたホッピーを取り、「ジン! 2番さんにホッピー一丁!」と、従業員のジンに言った。そして、持っているホッピーを1番卓に置いた。
「順番も守れねえのかよ!」男は悪態をついた。
「申し訳ございません」私は頭を深く下げた。
あの時。店長がジンに提供を頼んだ時、返事はなかった。ジンは彼の指示を聞いていない。ジンはホッピーを提供しなかった? 真実を理解した時、店長の顔は歪んだ。つまり、女は注文した品が来ない事に不満を抱いていたのだ。
「梅ちゃん、ジンはどこ行った!?」慌てて従業員の梅酒に尋ねた。
「あれ?」梅酒は周りを見た後「見てないですね」と言った。店長の焦りなどお構いなしだ。
彼の焦りは更に膨れ上がった。女は笑顔を取り戻していたが、それは関係ない。悪いのはどう考えても店側なのだ。チョコバナナに謝らなければならない。ちなみに、彼はスイーツに謝罪するのも初めてだ。すぐにホッピーを提供し、頭を下げることも考えたが、それだけでは誠意を見せることはできないだろう。