「髪型やもっていたもの服装などの特徴をお聞かせください」
はじめて聞く警察の方の声。携帯の熱を耳で受け止めながら、甚さんのちいさな部屋を覗く。
クローゼットの前につってあるストライプのシャツ。夏のパナマ帽。
あれに身を包んでいた甚さんの身体だけが足りなかった。
ありとあらゆる場所を探したつもりだったのに、甚さんははじめからいなかった人のようにいなかった。
その日の夜、おもむろに窓のカーテンを開けると、思いがけずに流星がななめに落ちてゆくのが見えた。甚さんがいまにも帰って来てくれることをその流れ星に託した。
朝になっても、甚さんは戻らなかった。
わたしは仕上げなければいけないインタビュー記事のリライトにかかっていた。
イヤホンで塞がれていた耳は、時折外の音が縫うように入り込んでくる。
こんなことしてる場合じゃないのにって思いながら今は聞きたくない会話に耳を傾ける。セミの鳴き声や宅急便の車のエンジンを切る音。笑い声が大きなその電機メーカーの取締役は、インタビュアーと言葉が重なりそうになっても引くことはなく、なんどもその言葉が被っていて、聞きづらかった。
いつか無事の知らせの電話がくるかもしれないし。甚さんがピンポンを押して帰ってくるかもしれない。そんなことの方にだけ重心をかけていたかった。
イヤホンの中に紛れ込む途切れ途切れのアナウンス。<昨日の深夜>、<白のポロシャツをお召しになって><心当たりのある方は>、<よろしくお願いいたします>。
甚さんのことが空の上から聞こえてくる。いつも耳をすましていたのは甚さんだったのに。なにかがいま転調してしまったのだとわたしは空っぽに包まれていた。
あれから3年経った。ギボウシが白い花を咲かせている。
背中でたぷたぷ揺れているらしいじぶんの水、きっとどこかで揺れている甚さんの背負い水、いまはちゃんと満たされていますように。
夜になったので、<風音>を訪れる。表のドアは<貸し切り>のプレートがかかっていた。マスターの海さんが「よ、芙蓉ちゃん。2度も今日は逢ってるね」って言って、「みんな呼んどいた」ってあたりに視線を放った。
海さんの視線の先には、甚さんの庭師仲間の芳雄さんや、園芸店の優さん、古本屋さんの大森さんなど、なつかしすぎる顔が揃っていた。
甚さんがいなくなってから、ご無沙汰している方たちばかりだった。
「ほんとにまぁ、芙蓉ちゃん元気だった?」
みんな、口々に訊ねてくれた。
「すっかりご無沙汰してしまって」
「いいのいいの、気にしないで。それより海さんはやくあれだしてよ」
芳雄さんが口火を切ったのを合図に海さんが、いくつものトレーに並べて、持ってきてくれたのは、ホッピー3点セットだった。
グラスはうっすらと白く凍えているのがわかるし、ホッピーもキンミヤ焼酎も冷たさ全開だった。
「甚さんさ、これがなにより好きで。いつからかいのちの水って呼んでたよな」
そうそう。大森さんもにっこり笑って続ける。