ジュンちゃんは僕が戻って来ると嬉しそうに焼酎を自分のジョッキを注ぎ出した。相変わらずのシジミ目で、ボトルから流れ出る焼酎を見ている。
そう言えば、これでは温いではないか。
公式か非公式か知らないけれど、僕が住む横須賀では、『横須賀式』とか『横須賀割』と呼ばれるホッピーの飲み方がある。
言わずもがな『三冷』は基本だが、焼酎の量が多いらしい。
京急の駅前の大衆居酒屋でホッピーを飲んだ時、キンキンに三つが冷えていて、それと熱々サックサクのアジフライでやったのが最高だった。
だが、今の状況は『三冷』とは真逆の『三温』で、決して推奨されるものではない。しかし、この場で『三冷』を作り出すことはできないから、せめて氷を入れようと思った。横須賀人失格かもしれないけど。
「氷、持って来るよ」
「うぉう」
ジュンちゃんは太い首と黒い手を振った。
これは『氷不要なり』の意味のようだ。マジかよ。僕だけ氷を入れると協調性が無いと思われそうだし、温いままで付き合うのが人情な気がした。無論、冷たい方が美味いのは承知している。
ジュンちゃんは見事に焼酎とホッピーが半々になるように注いだ。表面張力ギリギリ目一杯。
僕の方はと言うと、有無を言わさずジュンちゃんが僕の分も手早く作ってくれたので、同じく表面張力ギリギリ、一対一の見事な濃さのものが出来上がっている。
「うぉう」
ジュンちゃんはガサガサに乾いた唇をすぼめてホッピーを飲み始めた。早く飲みたい気持ちが唇に伝わって、それを知った唇が一ミリでもホッピーに近付こうとしているから、そんな形になっている気がする。
シジミ目を閉じて、ホッピーが全身に染み渡るのを感じているようだ。
――本当に美味そうに飲むんだよ。
本当だ。
ジュンちゃんの奥さんは酒屋の娘だった。
酒屋の一角の立ち飲みに、ジュンちゃんは仕事帰りに必ず寄って、ホッピーを飲んでいた。毎日のように来るし、いつもホッピーしか飲まないから、酒屋のオヤジさんと顔馴染みになるのもあっという間だったらしい。そして、ジュンちゃんが、一途かつあまりに美味そうに飲むから、オヤジさんが気に入って、自分の娘をくっ付けたのだ。
僕も初めて間近でジュンちゃんがホッピーを飲む姿を見たけれど、これ程、美味そうに飲む人はいないと思った。娘をくっ付けたくなる気持ちが分かった気がする。
僕の喉が鳴った。
ジュンちゃんが目を開けて、僕を見た。
「うぉう」