「ジュンちゃんは、いつも本当に美味そうに飲むんだよ」
以前、ジュンちゃんがヒジキを持って来てくれた時、父がそう言っていた。
「それにホッピーを見事に使い切る。瓶を逆さまにしても、一滴も残ってない。いくら酔っていてもね」
ジュンちゃんは父の勤め先の同僚であり、農家も営んでいる。だから、季節になればキャベツや大根を持って来てくれる。海も近いから季節になるとヒジキも持って来てくれる。このヒジキを家で干すと、海辺に引っ越しったっけなと思うほど、磯の匂いがする。そして、このヒジキが格別に美味い。
そんな調子だから、年がら年中、ジュンちゃんは日に焼けている。
ジュンちゃんが何かを持って来てくれると父は、心ばかりのお礼にとジュンちゃんの大好きな焼酎を供する。ジュンちゃんはホッピーを父の分を含めて二本持って来ていて、二人で縁側で並んで飲み始める。
どこかに二人で飲みに行くことはないらしいから、ホッピー一本分の時間が、唯一の二人の時間だ。今日もそれを楽しみにしていたかもしれない。
二人が何を話しているのか知らないけれど、父の「そうかよ」という相槌がよく聞こえるから、そんな時のジュンちゃんは「うぉう」をあまり使わないようだ。
「ジュンちゃん、ちょっと待って」
こんな時は敬語を使うべきなのだろうか。『ジュンちゃんさん、少しお待ち頂けますか』とか? これもこれで違和感がある。
「うぉう」
ジュンちゃんは、そんなことは何も気にした様子もない。
僕は台所からジョッキと焼酎のボトルと栓抜きを持って来た。
「良かったら」
「うぉう」
どうやらこれは『サンキュー』の意味だったようで、ジュンちゃんは片手を挙げた。
僕がジュンちゃんにジョッキを一つと焼酎のボトルを差し出すと嬉しそうに再び「うぉう」と言って、受け取った。間近で見たジュンちゃんの指先。爪の中にまで土が入り込んでいる。やっぱり綺麗ではないなと思ったけれど、きっとキャベツを獲りに今朝、畑に行って、そのまま来てくれたのだろう。
ジュンちゃんは栓抜きを使って手慣れた様子で、ホッピーの瓶を二本とも開けた。面倒だから二本とも開けたのかなと思っていると「うぉう」と握ったジョッキを僕に差し出す。黒焦げのクリームパンみたいな拳でジョッキの取手を掴んでいる。
ジュンちゃんはシジミ目で僕を見ている。どうやら僕も飲まないのかと言いたいようだ。
まだ酒が残っているから断りたかったが、わざわざ重い思いをしてやって来てくれたのに、付き合わないのも悪い気がした。それにホッピーなら自分で濃さを調整できるから、薄くすれば良いだけだ。そう判断し、再び台所に戻って、もう一つジョッキを持って来た。
でも、ジュンちゃんと何を話せば良いのだろう。
とりあえず縁側に二人で並んで座った。
「うぉう」