「うぉう。うぉう」
「ワンワンワンワン!」
朝の六時。
くぐもった人の声と犬の吠えが雨戸の向こうから響いて、目が覚めた。時計を見るとまだ六時にもなっていない。昨日は仕事終わりに飲みに行き、寝たのは三時過ぎ。まだ酒が残っているし、寝足りない。
「うぉう。うぉう」
「ワンワンワンワン!」
寝不足の頭に二種類の音が響く。
貴重な休みの朝に何だよと思いながら、階下に降りて玄関を出た。外はまだ薄明かり。
「うぉう。お父さんは?」
ジュンちゃんだ。
土色に日焼けしたジュンちゃんが門の外に立っている。
僕はあまりジュンちゃんが得意ではない。朝っぱらから近所迷惑を考えずに「うぉう」なんて言って、デリカシーがない所なんて特に。だから、さっさと帰ってもらおうと思って返事をした。
「お」「ワン」「り」「ワン」
犬の吠えに僕の回答はかき消された。
これでは会話にならないので、犬を玄関に入れた。それでもまだ犬は吠えたが、扉一枚分遮られたのでマシになった。こうなれば、そのうち静かになるだろう。
「お父さんは、旅行に行ったよ」
「うぉう」
ジュンちゃんは竹の背負いカゴを地面に下ろした。カゴには丸々としたキャベツが山盛りに入っていた。
ジュンちゃんの家は、ここから歩いて一時間はかかる。ほぼ平坦とは言え、山盛りのキャベツを背負ってやって来た体力は凄い。ジュンちゃんは父よりも少し年が上だから六十をとうに超えている。車の免許は持っていないと言っていた気がする。
キャベツを一玉、ジュンちゃんが手にした。黄緑色のグローブが重なったみたいな立派なキャベツ。でも、ジュンちゃんの手の黒さの方が気になってしまった。清潔とは程遠い黒さよ。そこも僕が得意としない要素の一つ。
「うぉう。置いとくからよ」
真っ黒い手でカゴのキャベツを全部地面に置き終わると、僕に向かって手を挙げた。
「うぉう」
『じゃあな』の意味のようだ。ジュンちゃんがカゴを背負い直そうと手をかけた。
カランカラン。
カゴの中からガラスがぶつかりあう音が聞こえた。
「うぉう」
ジュンちゃんはカゴに手を突っ込んで、ホッピーの瓶を二本取り出した。
「うぉう。これも渡しといてくれよ」
ジュンちゃんはホッピーを地面に置いた。