部屋の本棚に美潮さんがよみかけていた小説「きらきらひかる」のおしまいのページを開く。一枚の写真が床に、はらりと落ちた。
紺のブレザー&ズボンに千鳥格子のネクタイの制服姿の僕とエンジ色のニッカポッカの親父とつんつんとフロントの髪を立てたジョウさん、グレーのワンピースにメタルビーズがフリンジになったショールを羽織った美潮さんが、学校の校門に掲げてある<卒業式>と筆文字で書かれた立て看板の前でぎこちなく微笑んでる写真だった。
なぜか翔ちゃんの卒業式にはぜったい出たいと言い出したジョウさんまでが写っている、3年前の4人だ。
「翔ちゃんが高校卒業なんて信じられない。ついこの間までアゴヒゲちょろって1本生えてきたって騒いでたと思ってたのにね」ってジョウさんが言い、「翔ちゃんお弁当ぜんぶパパさん任せでごめんねぇと」なぜか美潮さんが僕に涙ぐみながら謝り、喉の奥でなにか小動物が鳴いたみたいな絞り出す声で「おめでとう、パパも信じられない翔ちゃんが春から大学生なんてと、一気呵成にしゃくりあげ、3人は僕を力いっぱいあらゆる方向から抱きしめた。
ハグをついしてしまうタイプの大人たちであることの輪の中にいることが少し、いやだいぶ恥ずかしかった。同級生の眼もあるしさって感じで。
3人の輪の中に招き入れられると、親父はおめでとうみんなほんとうにおめでとうとふたたび声を絞り上げながら、その輪の中に声を放っていた。
いびつなカタチで連なっていた時、美潮さんの肩に葉桜がゆっくりと落ちてゆくのをみていた。
僕はこの不可思議な家族のような家族でないような、ずいぶん長い間忘れていた感覚を一枚の写真をみながら思い出していた。
親父が帰って来たのはジェイスポーツの始まる寸前だった。
「おかえり」
リビングを見回しながら笑顔を無理に作って翔ちゃん今日バイトだったの?って聞いてくる。
「あぁシュリコロとごぼうサラダ残ってたからもらってきたよ」
凄い嬉しそうに笑って着替えてくるって部屋を出て行った。
洗面所で、イソジンでうがいする音がする。必ず途中でえづくのだ。まるでおっさんのうがいだった。他人から見ればまさにおっさんにまちがいないのだけれど。バスルームで嗚咽する親父の声が少し聞こえる。耳をふさぎたい気持ちを堪えてテレビのボリュームで処理する。今度の失恋が堪えているらしい。
「今から喰う?」
肩に白いタオルを背負ったまま冷蔵庫に直行する親父の背中に声を掛けた。
「そうよこれこれ。これを楽しみに仕事してんだから。冷えたグラスにキンミヤ焼酎とホッピーって、翔ちゃんこれはもう三種の神器だわよ」
あえて僕はなにもいわない。そういうときの親父の幸せそうな顔は誰にも拒めないものがあって。それは親父だけでなくあの頃のジョウさんも、美潮さんもそうだった。それぞれのリズムで呑んでたはずなのに、3人は阿吽の呼吸でもって「しあわせ~う~」ってはもる。
「で、翔ちゃん正直に言いなさい。ホッピー盗み飲みしたことある?」
「ないよ。なんで?」