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『いつかみつけられるものたち』もりまりこ

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 美潮さんは首を静かに横に振る。「人の気持ちなんてそんなにわかろうとしなくたっていいのよ翔ちゃん。ただそこにいてくれるだけでいいってぐらいで、もう十分ってことあるんだから」美潮さんの言葉を遮るように僕は言った。
「みんながさ、いなくならなかったらそれだけでいいよ」
 あの日、なんで出来損ないのドラマの台詞みたいなこと言ってしまったのかじぶんでもわからない。
 ベランダのソファから立ち上がる時、美潮さんは黙ったまましゃがんでる僕にハグした。ハグもね、ホームで覚えたの。それにしてもハグって誰が発明したんだろうね。人類の営みのなかでかなり有益なものだと思うって、僕の耳元で呟きながら身体を離した。プルメリアの香水が美潮さんの首筋から微かにした。
 美潮さんのはじめての家出が、ちっちゃな僕に植え付けたものはたぶん、いつか人はいなくなるかもしれないってことの不安と、ほんの少しの期待。それはいつか帰ってくれるかもしれない、だから待つんだという果てしない行為のみによって成り立っていた世界だった。そして5度目の家出によって美潮さんはこの家からいなくなった。それがまるで仁義とでもいうように同時に親父もジョウさんと別れた。あれから美潮さんともジョウさんとも会っていない。

 ふたりが離婚するまではよくジョウさんが訪ねてきてくれて、美潮さんもいっしょに食事することが多かった。リビングには夜遅くまでみんなの笑い声が聞こえて、子供はもう寝なさいとベッドに追い払われるのが常だったけど。僕は子供以上にはしゃいでいるみんなの騒がしい声を子守歌にして眠るのが、むしょうに落ち着いた。
 僕が小学生の頃あんまりリビングが静かなのでドアを開けてそっと覗いたら、みんなで映画鑑賞をやっている最中だった。部屋の電気を暗く落としてみている映画のシーンは、なんとなく戦争映画のようだったけど。親父は泣いていた。
 その時、ジョウさんがそっと親父にラックの上のティッシュボックスを掴んでそれごと手渡した。唇がありがとうの形に動いてそっと鼻をかむ。
 美潮さんはその時、子供をなだめるみたいに親父の頭をくしゃくしゃになるまで、黙って撫でた。ジョウさんは、残っていたらしいホッピーを呑みほしていた。
 少し眉間にしわを寄せながら。
彼らおとな3人の関係というか、ぜんぶを包んでいるものを見たせいで、不思議な気持ちのままあまり眠れなかったのを憶えてる。

<デリカ>のバイトから帰ってからしばらくしても、親父は帰ってこなかった。
 部屋の中はレモングラスの匂いがした。この匂いは苦手だ。鼻につんとする酸っぱい匂いを嗅いでいると、気持ちが焦る。せっぱつまってしまって、なにかしなければいけなかったことをせずに僕はスルーしてしまったんじゃないかとわけもなく後悔の念にかられてしまう。
 酸っぱい匂いって邂逅する匂いなんだよって教えてくれたのは、ジョウさんだった。写真が趣味のジョウさんは時折そんな話をしてくれた。現像液に印画紙を浸すとき、なんだかあたりが酸っぱい匂いにつつまれてゆくんだよ。なんか懐かしいっていうか。おぼろげだった輪郭が浮かび上がってくると、あぁこんなところにいたんだ俺が探していたものはって、思うんだよ。僕の頭の中は父の恋人であった彼の仕草や声のトーンや言葉尻まで未だはっきり記憶してしまっている。記憶はほんとうにやっかいな代物だ。

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