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『最後のキス』太田ユミ子


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 絵里子は祈るような気持ちで黒いダイヤル式の電話を見つめていた。
 ふいに呼び出し音が途切れた。デジタル時計が作動し始めた。午前零時1秒2秒・・・。
「もしもし―」
 低い男性の声が聞こえてきた。この声は父の声なのか?
「あなた?わたし・・・」
 声が緊張のためか震えた。
「ああ、里子か。絵里子はもう寝たのか?」
 父だ!父の声だ!子供の頃、何度も見たホームビデオで聞いたことがある。昨日、確認のためにビデオを見たばかりだ。耳が覚えている。電話の向こうに父がいる。絵里子は胸が一杯になって、言葉が出なかった。
「里子、ごめん。言い過ぎたよ。僕が悪かった」
 とても優しい声だった。絵里子は涙をこらえて、
「私の方こそ言い過ぎたわ。あなた、気を付けて行ってらっしゃい」
 電話が切れた。午前零時0分三十秒。暗記してきたことを、父に言いたかったことを、ほとんど言えなかった。でも、一番大切な言葉は伝えた。
六
「お母さん、もし人生を変えることが出来たら、違う道があったとしたらどうする?」
「そんなこと考えもつかないよ。その時その時を自分なりに精一杯生きて来たつもりだから・・・」
 母はコーヒーを美味しそうに一口すすると、
「タイムマシーンで過去に戻って簡単に人生を変えることが出来たら、今を生きる意味がなくなってしまう。今、この時がかけがえのない瞬間だから、がんばれるし人生はおもしろいのよ」
 絵里子の心の中で何かがはじけた。
「お母さんは自分の人生に後悔はないの?」
「自分で決めた道を歩いてきたから。でもね、一つだけ後悔していることがあるの。あの日の朝、お父さんを見送らなかった。『行ってらっしゃい』って、言えなかった」
 結婚以来九年間、父の見送りを母は欠かしたことがなかった。しかし、あの日の朝、母は父を見送らなかった。前日、父と母は些細なことから大ゲンカになり、母は絵里子を連れて丹波篠山の実家に帰った。あの日、一九八七年八月三十一日、父は学会のために東京へ出張した。その日の午後、東京で交通事故に遭い、帰らぬ人になった。

 実験の後、母からその話は消えることになる。

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