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『最後のキス』太田ユミ子


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 あの日の朝、父は出張に行く前に突然、母の実家を訪れる。父は神戸から二時間かけて丹波篠山まで来る。
「どうしてお父さん来たのかな?朝一番で東京へ行くことになっていたのに。でも来てくれてよかった。本当によかった」
 束の間のひと時を親子三人で過ごした後、母は絵里子の手をつなぎ、実家の前で父を見送る。
「お父さんたら、お母さんが『いってらっしゃい』って言ったら、いきなりキスしたの。近所の人が見ている前で。はずかしかった」
 父の後ろ姿が角を曲がって、見えなくなるまで母と絵里子は見送る。父は何度も振り返り、手を振る。父との「最後のキス」の話を絵里子はいやと言うほど聞かされることになる。母はいつも、すごく嬉しそうな顔で話すから、
「その話は耳にタコが出来るくらい聞いた」
 とは言わないように絵里子は心がける。

「人の運命は決まっているのかもしれない。人は生まれた時から決められた道を歩いて行くのだけかもしれない。大筋を変えることは他への影響が大きくて様々な問題が発生するが、ささやかな出来事ぐらいは運命の神さまも大目に見てくれるだろう。そのささやかな出来事に救われる人もいる」
 絵里子は最終試験の論文に書いた。それが決め手となって、実験モニターに選ばれたことを絵里子はしらない。
六
 日曜日の昼下がり、絵里子は自宅のマンションでコーヒーを飲んでいた。実験から一週間が過ぎていた。明日はクリスマスイヴだ。ケーキでも買って、西宮の実家に行こう。母に電話を掛けようと立ち上がった時、電話が鳴り始めた。
「はい、中川です」
「絵里子―なの?」
「お母さん!今、掛けようとしていたところよ。明日の夜、そっちへ行ってもいい。クリスマスイヴだから、ケーキ買って行くわ」
「明日はダメなの。ごめんなさい。それより、絵里子、よく、聞いて。とても、大切なことなの。意地を張って、大切な人を失ってはいけない。自分の気持ちに素直に―」
突然、電話が切れた。ピンポーン。玄関のチャイムが鳴った。
「どちら様ですか」
 インターホンから剛志の声が聞こえてきた。鍵を持っているくせに、インターホンを鳴らすなんて―。
「僕が愛しているのは絵里子一人だ。君が許してくれるなら、何でもするよ。許してくれるまでいつまでも待つよ。それだけ言いに来たんだ」
 力強い大きな声だった。玄関まで走って行き、ドアを開けた。外のまぶしい光を背に受けて、剛志が立っていた。
(意地を張って、大切な人を失ってはいけない。自分の気持ちに―)
 電話の母の声が蘇った。その時、絵里子は気づいた。あれは母ではない。あれはー。
(私の声だ。未来からの私の声だ。自分の気持ちに素直になりなさいと、私に伝えるつもりだったのだ)
 ひさしぶりに見る剛志は痩せていた。頬がそげてやつれて見える。絵里子の胸に熱いものが込み上げてきた。この人を愛している。失いたくない!
「何でもするって言ったよね」
 剛志は真剣な面持ちでうなずいた。
「今、ここでキスして!」
 剛志は絵里子を抱きしめた。それは、今までで一番熱いキスだった。

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