斎藤さんから極秘プロジェクトの概要とモニターの内容、そして、絶対に守らなければならない注意事項の説明が一時間近くもあった。契約書をよく読んでみると、悪徳商法や詐欺のたぐいではなさそうだった。辞めたければいつでも辞められると書いてあった。金銭の要求もなかった。
「今、すぐに返事しなくてもいいです。一週間、考える時間を差し上げます。ただし、誰にも相談してはいけません。極秘プロジェクトですから。自分一人で決めてください」
その言葉が決め手になった。悪徳商法のたぐいならば、おいしいことを言って、その場で契約を強要するに違いない。絵里子はモニターの最終候補になることを承諾し、契約書に署名した。斎藤さんはニッコリと微笑み、急にくだけた様子で、
「よかった。最終候補にあなたを選んだのは私なの。断られたらどうしようって心配していたの」
全国の二十歳から六十歳までの男女の中から百人の候補を選び出すのに三年の年月がかかった。そこからさらに百人の履歴の再調査、家族や会社、友人関係、素行調査を一年続け、十人の最終候補者を選び出した。絵里子は自分の周囲でそんなことが起きていたなんて全く気付かなかった。国家が後ろ盾では国民の個人情報保護法など無いに等しい。離婚調停中だってことも当然承知しているはずだ。
二十二歳の時、剛志と見合い結婚した。お互いタイプではなかったが、一緒にいて疲れないのが決め手になって、話はトントン拍子に進み、見合いから半年後に二人は結婚した。子供は出来なかったが、絵里子は剛志と結婚して本当に良かったと思っていた。幸せだった。剛志もそうだと信じていた。
結婚十年目に浮気が発覚した時は「晴天の霹靂」だった。いくつかの証拠を示して、疑問を問いただすと剛志はあっさりと浮気を認めた。絵里子はずっと幸せだった分、ショックも大きかった。すらっと結論が出た。
「もう、一緒にいられない。別れましょう」
「愛しているのは絵里子一人だ。二度と浮気はしない。こんなことで二人は終わらないと信じている。僕は絶対に別れない。どんな償いでもする」
その言葉に感動しかけたが、ずいぶん自分勝手だと同時に嫌悪を感じた。「こんなこと」と割り切ることは出来なかった。剛志は三カ月前に家を出た。悪い方が出て行くのが当然だ。絵里子に追い出されて、剛志は瓢箪山にある実家に帰っている。現在、離婚調停中。一緒に暮した十年は重い。この三ヶ月間、愛しているから許すべきなのか、愛しているからこそ許されないのか―悩むことに疲れ果てていた。
「これでそろったわ。最終候補の十人は全員、モニターになることを断らなかった。みんな、興味津々」
人はだれもが平凡な日々の中で、昨日と違う何かを求めているのかもしれない。それが夢のような話であっても―。
「どうして私を?」