酒の勢いもあるんだろうけど、話し始めたら、次から次に過去の情景が浮かんできて、止まらなくなってしまったような感じだ。ところどころ、俺に話しかけているのか、自分自身に話しかけているのか、そのニュアンスが曖昧に聞こえるようなところもあった。
「朝日がな……きれいだった。雨の音はしていなかったけど、やっぱり天気の様子が気になって、シュラフから出て、二人ですぐに小屋のドアを開けてみたんだ。朝の風が冷たくて、一気に小屋の中に吹き込んできて、思わず声だして震えてたな。ほんとに冷たくて……それでも我慢しながら外を覗いてみると、うっすらと朝靄がかかった向こうに、真っ白なまん丸の太陽が見えて、朝靄のせいで眩しくはなくて、丸い形がはっきり見えてた。日差しは強くはなかったけど、靄(もや)の水滴にあたった光がきらきら光っているように見えて……あれは、あれできれいな朝日だった。
外の様子が確認できて、安心できたから、今度はちゃんと上着着込んで、寒さに対する心構えして、二人で外に出てみたんだ。靄で和らいだ朝日の日差しがまわりの木々の間から差し込んでいて、風が吹くと木の葉っぱに溜まった朝露の滴がぱらぱらと落ちてきて顔に当たると冷たいんだ。あの頃は母さんも若くてな、朝日を受けた横顔がまぶしかった」
遠い表情をしながら、おやじはまた、酒を口にした。心なしか、なんだか少し肩を落としたようだった。
「昨日は気がつかなかったんだけどな、」
本当に、昨日のことを話すような口ぶりでおやじは続けた。
「昨日は気がつかなかったんだけどな……小屋に逃げ込むことに必死で、まわりが見えていなかったんだろうな……外に出てみたら小屋の隣に大きな木が立っていて、最初はその大きさに思わず見上げていたんだけど、よく見ると連理(れんり)木(ぼく)だったんだ。連理木って知ってるか?」
俺は、軽く首を横に振った。
「元々は別々の二本の木が幹のところでくっついて一本の樹木になっている木のことだよ。夫婦や男女の深いちぎりを象徴していて縁起のいい木とされているんだ。その木は、根元のすぐ上のところで一つに絡み合うような感じで、そこから一本の幹になって大木に見事に成長したものだった。それに気がついたときは、母さんと顔見合わせて、目の前の大木と自分たちを重ね合わせてすごく嬉しかったなあ。俺も嬉しかったが、母さんははしゃぐように喜んでいたよ。
『昨日の大雨に降られたことも、この場所に導いてくれるために神様が用意してくれたものだったんだね』とか言ってな。凍えて辛い思いをしたことも、ぜんぶ、吹っ飛んでしまった。
なんか、ちょっとしたドラマみたいだろ。父さんたちにだって、そんな日があったんだぞ」
おやじの表情はまた、照れて幼い顔に戻っていた。