その尾根の道から少し逸れて下ったところに滝があるんだけど、その山の名所になっている滝で、最初の目的地はそこを目指していたんだ。滝壺のすぐ近くまで山道が続いていて、上から落ちてくる滝を見上げることができるんだ。条件がいいと小さな虹が滝の途中にかかっているように見えることもあって、それも母さんに見せたくてな、この山を選んだもう一つの理由がこの滝だったんだ。
だけど、そこに行く途中で急な雨に降られちゃってな……『さっきまで晴れてて良い天気だったのに、こんなに急に降り出すなんて、山の天気は変わりやすいって本当なのね』とか言ってたんだけど、そのうち、そんなことも言ってられないぐらい本降りになってしまって……
雲行きが怪しくなって、ぽつりぽつり雨粒が落ちてきたからすぐに雨具は着たんだが振り方はどんどんひどくなるし、母さんがさすがに辛そうでな……無人の避難小屋に逃げ込んだんだ。
念のためにと思って、事前に調べておいてほんとによかったよ。ほんとに使うことになるとは思ってもみなかったけどな。ちょうど、滝に向かう途中の道沿いにあったのも運が良かったんだ。
そのうちまわりがガスってきてな……ガスもだんだん深くなってくるし、日も暮れてしまって、まわりもよく見えないような状態になってしまって……あの時はほんとに、まいったなあ~って感じで……仕方なく、避難小屋で一泊することに決めたんだ。その時は避難小屋も俺たち二人だけで、母さんもよけいに不安だったと思う。小屋で二人だけってのは、ほんとに寂しいものなんだ。特に母さんはこういうの初めてで慣れてないしな。ほんとは、滝を見た後にちゃんとした宿泊用の山小屋を目指すはずだったんだけど……まさか、こんなことになるとは思っていなかったから……母さんも口数少なくなって、黙っちゃうから……ますます静かな空気になってしまってなあ……
なんか、どうでもいいような話題を無理矢理に作って、一生懸命話しかけてたりしたなあ……
少し話しかけては、ネタが切れて間があいて、また無理矢理考えて話かけて、間があいて……
そんなことを何回かやっていたら、そのうち、そんな無理矢理なやりとり自体がなんかおかしくなってきてな……いつの間にか二人で笑ってた」
「でも、それってやばかったんじゃないの?一歩間違ったら遭難だったんじゃ?」
気になって、思わずおやじの一人喋りに割り込んだ。
「そうだな、そこで母さんと遭難して戻れなかったら、おまえは生まれていなかったな。あははは」
「笑い事じゃないだろ?」