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『或る家の灯』前田雅峰


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 順次は自分で自分が信じられない気がした。明らかに、此の状況で此の娘に掛ける言葉としてはおかしいと自分でも思った。しかし、それでも掛けたかったのである。何か、瞬間的に順次の頭を過った想像があったのだ。それが何かは解らなかったが、それがとても大事で、間違っても見過ごす事の出来ないものである事だけは分かった。いや、賭けたのだ。順次はほんの一瞬で、この名状し難い、説明出来そうもない何かに賭けたのだった。賭けて仕舞ったので、娘に声を掛けたのだ。娘は驚いて振り向いた。しかし直ぐに嬉しそうな顔をして、
「はい」
 と返事した。順次は言った。
「また会いましょう」
 娘は頷いて、もう一度お辞儀をして、矢張小走りに国鉄の駅舎に入って行った。
 その後、娘に貰った風呂敷包みを両手に持って歩き乍ら、家路を辿る順次は考えた。考えてみれば、初対面の相手にいきなりその日の弁当の売れ残りを贈るというのも中々聞かない話だ。何かあげるとしても、まあ街で買った商品こそが所謂御贈答向けというものだろう。勿論その御贈答向けの何かを受け取る謂れは、自分には全く心当たりが無いのだが、謂れはさて措き、何か渡すとすれば兎も角そうしなければならないだろう。それが駅の売店の売れ残り弁当とは、なかなかに意表を突く話だ。しかし……そう、しかしなのだ。しかし此れがまた順次は気に入ったのだった。物を大切にする順次である。最早売り物にはならない商品を無駄にせず、ちゃんと頂く。またそういうものを見ず知らずの人に食べて貰ってでも、捨てるなどという勿体無い事をしない。娘のしてくれた事は、順次の気持ちにとても自然に寄り添う行動だった。そしてよく判らない気持ちのまま歩いていたが、そのうち或(あ)る事に気が付いた。若しも娘が自分に好意をもってくれているのだとしても、何故、今此れをくれたのだろう。川桁の駅迄列車を運転して、駅舎内の職員用の小ぢんまりした部屋で持参の弁当を食べる。食べた後で時々ではあるが、国鉄の川桁駅の改札口近辺をうろうろし、到着してはまた発車して行く列車を観て、次に自分が運転する列車迄の時間をつぶしていた順次である。くれるならその時でもよかったし、その時の方が自然な筈だ。
「そうか、それは昼間だな。まだ昼から、弁当は売れるよな」
 順次は自分が冷静でいる心算だったが、此の前提の誤まった思い付きで自分が冷静ではない事を知った。頭が混乱しているのだ。
「いや、夕方の列車を川桁迄運転してそこであがる日に、時々あの娘はこっちの駅の方にも弁当を売りに来ていた」
 此れは確かにそうだった。弁当の売れ残りなら、その時刻でも売れ残りと確定した筈だから、そういう時にくれる方が、確かに今くれるよりも自然だった。若しかしたら、若しかしたら……娘は自分がいつもと違って悄然としているのを、駅で見ていたのではないだろうか。それで何か励ましてあげなければと思ってくれたのではないだろうか。或いは、自分がどんな気持ちで駅から独り歩き出したのかも、およそ想像出来ていたのではあるまいか。だとしたら……。
 見通していたかも知れないが、見透かしていた訳ではない。それを知って得意気に嗤うのではなく、そういう時に寄り添いたいと思ってくれたのか。何かしら、励ましてあげる事は出来ないのかと思ったのか。仮に娘が自分の何もかもを知っていたとしても、順次は恥ずかしいとは感じなかった。事柄の全体が、彼女の行動の全部が、思い遣(や)りで満たされていたからだ。正に、順次の家の様に。

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