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『或る家の灯』前田雅峰


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9月期優秀作品

『或る家の灯』前田雅峰

 
 沼尻の駅から発車する時は、硫黄を満載した貨車一輌一輌の手ブレーキをかけてから発車する。そんな事をしている鉄道を、順次は聞いた事がなかった。列車の総重量が重い上、沼尻を出て直ぐに下りの急勾配になるので、貨車の手ブレーキが効いていないと機関車の制動だけでは速度が出過ぎ、危険だからだ。従って発車には気を遣(つか)う。慎重に編成全体を引き出す。勾配を下っている間はずっと、車輪が軌条を擦る音に耳を澄ます。沼尻駅で発車前に手ブレーキを強く掛け過ぎていた場合、車輪は軌条の上を滑っているに過ぎないので、緩やかな曲線でも十分脱線の危険があるのだ。それを耳と、その日の編成の重量の程度と機関車のエンジン音、そして牽引の感触で知るのである。慎重にギアを入れ替え、加減速する。此れが技術というものだ。此の沼尻を出る時の下り勾配が、順次にとっては仕事で一番楽しい時だった。仕事には誇りが必要だ。それを順次は存分に堪能する事が出来た。そして下り勾配が落ち着いた木地小屋の駅で停車した時に、貨車の手ブレーキを解除する。後は川桁迄特に心配する事は無い。途中線路上でビー玉などして遊んでいる子供達に、遠くから警笛を鳴らす位なものだ。踏切に車が通る事など、まず無い。

 順次は中学を卒業後、他の殆(ほとん)どの同級生が故郷を離れて行く中で、地元の沼尻鉄道に奉職した。しかし順次は、老いた両親のもとを離れないという選択を自分でしたのだった。順次を含め、多くの、いや順次の友人の家で家庭が豊かな者など一人だに居なかった。中学を卒業したら一刻も早く就職して自活しなければならないし、出来れば親元に送金出来る様にならなければいけない状況の子弟ばかりである。皆、普通の家の者は、等しく貧しかったのだ。しかし、順次の家では、親がそれを順次に期待しなかった。
「順次、これから御前はどうしたい?」
「僕は、父ちゃんと母ちゃんと一緒がいいんだ」
「御前の良いと思う様にせえ」
 それだけで、順次の進路は決まった。順次は喜んで地元の鉄道会社に勤め始めたのだった。
 最初は工員だった。施設やそれに関連する設備の修繕が仕事だった。最初は何一つ解らず、駅の電灯の修理からだったが、順次は元々そういう作業が嫌いではなかった。一つ何か憶えるのが楽しくてならなかった。それで自分は一歩ずつ一人前の大人に近付いて行くのだから。駅のベンチやまるで物置小屋の如き途中の駅の外壁修理、川桁駅での国鉄貨車へのベルトコンベアを使った硫黄積替作業の監督、川桁、沼尻駅をはじめその他の駅構内の線路保守、ありと凡(あら)ゆる雑用を引き受けた。自分の知識が、小さな岩礁の様に大海に浮かぶ。それだけでは何の役にも立たない。自分で物事を考える事が出来ない。しかし新しい知識を身に付ける度にその岩礁が増えて行き、次第に島となり島嶼となって行く。指示された仕事以外に、自分で合理的な仕事を見付ける事が出来る様になる。これは大きな喜びだ。それを順次は着実に経験した。

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