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『或る家の灯』前田雅峰


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「とうちゃん、中、開けて」
「御前が開けろ。御前が貰ったんだから」
「いや、父ちゃんに開けて欲しいんだ」
 父が金一封と書いてある封筒を開けると、そこには順次の一ヶ月分の給料と大略(ほぼ)同等の額が入っていた。
「これは、父ちゃんと母ちゃんが貰っておいてね」
 父も母も、順次が自分で遣(つか)うなり貯金するなりしろと言ったが、順次は両親に遣(つか)って貰った方が嬉しいと言う。そこで両親が自分達の、そんなに多くない貯金に加える事にしたのだった。この日の順次の家は、毎夜の団欒に増して、頻繁に笑声があがっていた。

 軌道会社入社八年目には、順次は軌道会社の立派な施設設備保守担当の責任者になっていた。軌道会社の上役は順次に言った。
「君には是非、運転士になって貰いたい。そうすればもっと給料も上げてやれる」
 そこで順次は一年程勉強し、また先輩の運転士にも教えて貰い、機関士の免許を取った。『動力車操縦者運転免許証』、そう大書された免許証書を順次は、嬉しそうに両親に見せた。
 その後、順次はディーゼル機関車やディーゼルカーの運転士として働く様になった。そしてよく知っている筈の自分の故郷で今迄全然知らないものを目にし、また体験する事が多いのに驚いた。
 冬の朝、途中駅から発車しようとすると、積雪の壁からいきなり乗り遅れた子供が飛び出して来て轢きそうになったり、此の土地では満足な就職先が見付からずに、泣く泣く都会に出稼ぎに行く若者を涙ながらに駅で送り出す老夫婦、反対に故郷に帰って来る子を駅で嬉しそうに待つ母親。狭い軽便車輛の中に担架で担ぎ込まれる急病人、更には乗客どうしの喧嘩などなど、旅客列車運行の現場には凡(あら)ゆる人間の生活がそのまま現れていた。順次が直接軌道会社の職員として対処しなければならない事も勿論あったが、それよりも、ただ黙ってその印象を精一杯感受していれば良い、否、精一杯感受しなければならない事が多かった。これらの出来事は、順次には、それぞれが自分の故郷を飾るとても人間的で温かい装飾(かざり)の様に思えたのである。
 春秋の内野(うつの)辺りを走る時には、観光客からも歓声が上がった。運転士の順次も溜息が出る程に美しかった。軌道沿線は全て磐梯山の麓であるが、この辺りは左右に土地が開けて山裾がそのまま大地に下(お)りて来て、広々とした平野部を行くのだ。視界を遮る物は何も無い。そして此の祝福された大地の上に、高い高い青空の天蓋がある。唄い出す乗客もよくいた。順次は此処を走る時、いつでも思うのだった。
「此処には、人間の一生の人生がそのまま、全部有る。必要なものは、全部有るのだ。此処で良いのだ。此処で生きるので、良いのだ」

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