「最初から最後まで施設や病院にばあちゃんを丸投げして、私のこともばあちゃんに丸投げして、何もして来なかったくせに!仕事、仕事っていつも仕事ばっかりで、お母さんはばあちゃんに何かしてあげてたの?死んでから、最後だけなんて意味がない!どうして、自分の親なのに側にいてあげなかったのよ!どうして!どうして…」
私は叫ぶように怒鳴りつけて母を睨んだ。
わかっていた。全部自分へ向けた苛立ちだ。母が仕事ばかりでも、それを淋しいとは大して思っていなかった。ばあちゃんと過ごす日々は、楽しいこと、嬉しいこと、美味しいことで溢れていたから。今なら分かる。自分に腹が立って腹が立ってどうしようなくて、母へぶつけたのだ。母はしばらく私を見つめて立ち尽くしていたが、困ったように微笑むと、黙って部屋を出ていった。
「おくずかけさ、ばあちゃんの大好物だったんだよね。」
母がお椀を手に持ったまま言った。「ばあちゃん」という母から出た言葉に、香子の背中はぴくりとなる。
「お母さんが小さいときに、お盆じゃなくてもしょっちゅう夕飯に出てきてね。」
母は思い出したようにくすくすと笑う。
「またおくずかけなの?お盆じゃないよ。ってお母さんが言ったら、おじいちゃんがさ、「おくずかけは母さんの大好物だから仕方ない」って笑うの。」
母は、おくずかけを飲み干してお椀を置いた。
「そしたらばあちゃんが、「おくずかけを飲むと元気になる。どんな嫌な気持ちもあったかくいい気持ちに治してくれるからね」って。」
母は今度はいたずらっぽくにやにやと笑って、
「ばあちゃん、当時はお姑さんと色々あったらしいよ。嫌なことがあるたびに、おくずかけを作っていたのかもね。」
母は笑いながらお椀を持って席を立った。
「香ちゃんは?おかわりいる?」
香子は頷くと、母にお椀を手渡した。
祖母の言う通りだ。数年ぶりに飲んだおくずかけは、香子の嫌な気持ちをとろっと包み込んで、すっきりと流してくれるような気がした。口の中に最後に残った爽やかなミョウガの苦みが心地いい。何を怖がっていたのか…とろっと溶けて、なんだかよく分からなくなってきた…
「ありがとうね。」
香子はそっと口に出した。まるで向かいの席に、祖母と祖父が笑っている気がして、自然と口からこぼれた言葉は、またとろっと香子の中に溶けて行く。
「香ちゃん、なんか言ったー?」
母が台所から顔を出す。
「なんれもなーい!」