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『イチジクの花が咲くころに』芹田アン


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 実家にあがると、まず仏壇に手を合わせる。ここに祖母がいるだなんて、一度も思ったことはないけれど、習慣というのはなかなか体に染みついて離れないものだ。仏壇は、きちんとお盆の支度がしてある。割り箸を刺した茄子と胡瓜を指でそっと撫でて、祖母が帰ってきてくれるのなら、茄子の方はもう食べてしまおうかな…そんな馬鹿なことを考えていた当時の自分を今なら少しかわいく思える。
 ちゃんと、私も成長しているのかな…
 香子はゆらゆらと揺れる蝋燭の火をそっと蝋燭消しをかぶせて消す。

「香ちゃーん!お夕飯できたわよぉ!」
 下から呼ぶ母の声が聞こえる。香子は、何も変わっていない自室のベッドに転がって、さっぱり頭に入って来ないくせにぺらぺらと本をめくっていた。こんな風に、母から呼ばれたことがあっただろうか…いや、あるわけがない。祖母がいつも食事の準備をしてくれていたし、祖母が亡くなってからの1年半は香子が自分で準備をしていた。
「本当に手伝わなくて大丈夫だったの。」
 香子は階段を降りながら聞いた。母は微笑んで、席につくように目で促す。
 母と差向いで食事をするなんて何年ぶりだろう…
「いただきます。」
 二人できちんと手を合わせる。さすが、ばあちゃんの躾は行き届いている。
 お椀から立ち上る湯気は、茄子やささぎとめんつゆのいい香りがする。香子は黙ってお椀に箸を入れた。茄子、ささぎ、ミョウガ、人参、椎茸、白石温麺、豆麩、片栗粉で溶いたとろみのあるおつゆ…
「…糸こんが入ってない。」
 香子がつぶやくと、母は「あら。」と一言。おくずかけは、家庭によって微妙に異なる。入れる具材やとろみ具合などは様々で、お雑煮議論のように人が集まれば話題にあがる。
 香子は静かにお椀に口を付ける。空腹だったのもあって、とろっとした汁が胃の奥まで真っ直ぐ落ちて行くのがわかった。
「まさか、おはぎも作ったの?」
 香子は、食卓に並んだあんこときなこのおはぎを自分の皿に取りながら聞いた。
「まさか!おはぎは、佐市のよ。あ、秋保まで行ったわけじゃないわよ?今日、藤崎に来る日だったから朝に買いに行ったのよ。もう、お盆だからすごく並んでて買えないかと冷や冷やしたわ。」
 母は相変わらずのおしゃべりでまくしたて、ああ、そうじゃなくて…と呟くと、
「おくずかけはどう?」
 と少し不安気に聞いてきた。
 香子は母の顔をちらっと見てから、同じように小さく呟いた。
「ちょっとしょっぱい。」

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