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『イチジクの花が咲くころに』芹田アン


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 次の日、香子は休みだったこともあり、目覚ましを消してからもう一度横になった。目を閉じて、うつらうつらとしてみるものの深い眠りには落ちることができず、とうとう空腹のアラームも鳴り始めたので、しかたなくベッドから出る。
「朝ごはんはしっかり食べないと、いい一日は始まらないよ。」
 祖母の教えはいつしか香子の生活に溶け込んで、「朝ごはんはしっかり食べないとダメな体」になっている。朝はパン派の祖父の影響で、実家での朝食はほとんどが食パンだった。ふたつに切った食パンに多めのバターをごろっと乗せて、オーブントースターでこんがり焼く。その上にレタスとハムと半熟の目玉焼き、最後にちょろっと醤油を垂らす。これをサンドイッチのようにしてかぶりつくのが香子の一番のお気に入りだった。6枚切りの食パンでそれらの具をはさんでいるのだから、かなりの厚みがあるわけで…しかし、この工程を自分でやっているうちに空腹も限界に近くなっている。はさむやいなや大きな口をあけて、パンにかぶりつく香子をいつも笑顔で祖母は眺めていた。
 実家を出てからもその朝食はほとんど変わらず、なるべくこれにスープを付ける努力をしている。祖母は毎朝ささっと作ってくれていたが、今は庭に季節の野菜があるわけでも、朝にコトコトとスープを煮る余裕もなく、休みの日に大量に作っては冷凍している。お財布が淋しいときは、インスタントに頼ることもある。野菜って高い…一人で生活して初めて知ったことだった。
 ふと、昨夜携帯が鳴ったことを思い出した。ベッドの側で転がっていた携帯を開くと、「不在着信 母 1件」なんとも重たい1件である。ああ、もう7月も半ばを過ぎたのか…お盆と年末年始の前には、必ず母から連絡が来る。今年も帰るつもりはないが、一応掛け直す。香子にとっての「母」という存在は、目の前にするとひどく巨大で無機質な存在になる。見えなければ怖くない。むしろ、なぜこんなに怖いのかがもうずっとわからない。
「もしもし、香ちゃん。」
 2コール鳴ったか鳴らないかという速さで、母は電話に出た。平日ならいつも仕事で、電話の奥は騒がしいはずなのに、母の電話の奥は静まり返っている。
「仕事休みなの?めずらしいね。」
 香子はあいさつもせずにぶっきらぼうに聞く。
「ああ…うんと、あのさぁ…」
 母は香子の問いに返事もせずに何かごもごもと話しづらそうにしている。めずらしい。ひとの話しを聞かないのは昔からだが、いつものマシンガントークがまるで出てこない。まさか…香子は一瞬嫌な想像をしてすぐにやめた。
「お盆でしょ?帰らないよ。」
 いつものように淡々と言った。はずだったが、母から返って来た予想もしなかった言葉に香子はしばらく放心した。最後に小さく「うん。」と答えて電話は切れた。
 あれ?私、今、「うん」って言った?うん?つまりなんだ、帰るのか私は…
 「香子ちゃん、おはよう!」
 笹本さんがいつものように、大きな声でにかっと笑いながら手を振って歩いて来る。玄関先まで50メートルくらいはあるのでは…なんて考えながら、そこを掃き掃除をしている手を止めずに香子は笹本さんが来る方をみつめる。いつも通りというのは、ひどく安心する。

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