祖母は食事のたびにそう言って、おいしそうに食べる香子の顔をいつまでも眺めていた。香子の実家での食事の思い出は、向かいの席から満面の笑みで香子を見つめている祖母の顔。小さいころは、その隣に祖父の笑顔もあったが、今思い出すのはほとんどが祖母の顔である。
「じいちゃん、ごめん…」
香子はいつも気が付くと、早くに亡くなった祖父の笑顔を無理やり思い出し祖母の隣に並べてみる。その一連の行為に、我に返るとふふっといつも笑いがこみ上げてきてしまう。
香子は幼いころに両親が離婚しており、ものごころがついた時には、母の実家で祖父母と4人で暮らしていた。母はいわゆるキャリアウーマンというもので、とにかく休みもほとんどなく働いていた。今思えば、祖父母に香子を預けておけば安心だし、旦那の世話もなければ、家賃の心配もない。心置きなく、大好きな化粧品関係の仕事に打ち込めたのだろう。いつも派手に着飾ってしゃんとしている分、余計に何を考えているのかいまいちよくわからないひとだった。授業参観や運動会などの行事には必ず来てくれてはいたものの、その他の育児という育児は全て祖母に任せており、実際に香子も母に育てられたという自覚はない。お袋の味なんてひとつもないし、進路の相談も祖母にした。家庭菜園と料理も小さい頃から祖母に教わり大好きになり、栄養士になろうと思っていた。それがなぜ、今介護士をしているのか…
「ふう…」
香子は髪も乾かさずに小さなソファにもたれると、缶ビールを流し込んだ。今日は一日お風呂の当番だったため、いつもよりも体が疲れていた。
「んーーーーーー、しんどいなぁ。」
伸びをしながら思わず口に出た。いつもならもう一本空けるところだが、今日はやめよう。そのかわり、カリン酒にたっぷりのはちみつとすりおろした生姜を入れて、レンジにかける。レンジの扉を開くと、カリンの香りが湯気に乗ってあたりに漂う。
「あーーーーーいいにおい!」
今度はわざと声に出した。幼い頃は、祖母が庭の木に生ったカリンでジュースを作ってくれた。祖父用にもカリン酒を漬けていた。去年の秋に、利用者さんのお庭になったカリンをたくさん頂いたのだが、職員は誰も持って帰らないのでほとんど香子が持ち帰って漬けた。一緒にたくさんのイチジクもいただいて、甘露煮にした。この辺りでは甘露煮にはしないらしく、とても驚かれた。どちらも香子の大好物で、毎年祖母が庭で実ったもので作ってくれていた。毎年楽しみで、収穫から調理まで祖母にまとわりついて見ていたので、自然に作れるようになっていたほどだ。カリンにいちじく、これにザクロもあれば完璧なのになぁ…などと、秋の味覚の思い出に浸っていたちょうどそのとき、香子の携帯が鳴った。誰かと話したい気分でもなかったので、あとで確認しようと思いながら、ごろんとベッドに転がり込んだ。カリン酒と生姜のおかげでぽかぽかに温まった香子の体は、疲労も手伝って、横になった途端に深い眠りに落ちた。