席に座って俺が外の景色をぼーっと見てたらオバジェンヌに言われた。
「敏子さんも女やからな」
オバジェンヌがこういうものの言い方をするときは、たいがい、いやな気分になることが多い。
「わかってるわ。オカンやねんから女やん」
「そうやな、オカンやねんから女や。ところで守くん足、大丈夫か?」
そう、あれは三ヶ月前や。下校中に軽トラが左折するときに、信号待ちしていた俺の足に接触してん。
運転してたおっちゃんは、ものすごい勢いで運転席から降りてきて、俺をお姫様抱っこして、抱え上げて、オカンが勤める病院まで走って連れていきはってん。
車で運んだらいいのに。渋滞しそうやからって二キロの道を思い切り走りはった。
もちろん、俺は最強な男やから無傷ですんだ。
あのおっちゃんのことは、今でも思い出すねん。なぜって?俺は、お父さんから抱っこされたことがないからな。お父さんはいつも、病院はもちろん、家でも寝てなあかんかったから。あのおっちゃんの腕は、めちゃ太くて黒くて、手のひらも大きくて分厚くて、俺は、どこも痛くないのに、おっちゃんの首に腕をぎゅうっとまわして、もうあかん!みたいな顔してもうたわ。
オカンは、俺が病院に着いたときに、目が真っ赤になっていて、びっくりしたわ。
「これ以上、家族がいなくなったらもう生きていかれへんわ」と、その後、オバジェンヌに話していたらしい。
そんなことがあってから三ヶ月。オカンに何が起こったんやろう。確か、あのおっちゃん和歌山から大阪に来てたって言うてたぞ。
オバジェンヌがコーラを飲みながら話し始めた。
「敏子さん、今、和歌山のおっちゃんとおるねん」
このオバジェンヌはいつも直球で、俺をギョッとさせる。俺は、ファンタのオレンジを吹き出しそうになった。
「誰や?それ?」
「ほら、あのときの軽トラの男や」
俺はやっぱり!と、思ったけど知らん顔をしてた。オバジェンヌは、俺の顔を見るよりも景色を見てますねんという顔をしながら話を続けた。
「敏子さん、ずーっと泣きたいのんこらえて生きてきはったやろ。ようやく、素直に泣ける人を見つけたんやで」
「オカン、強いやん」
「アホやな、強く見せてはってん。お父さんと守くんに、自分を強く見せることで家族を守ってはってんやん」
「そうなんや。俺は置いていかれたわけか」
「ちゃうちゃう、とりあえず、ひとりで行っておいでって、私が言うてん」
オカンは、和歌山のおっちゃんの前で、声を出して泣いたらしい。俺が診察を受けている間に。お父さんの葬式でも泣かなかったオカンが声を出して泣く。俺には想像ができひんかったけど、診察後、オカンの顔を見た時に目は真っ赤やけど、妙にすっきりしてる顔をしてるなーと思った。その後ろで実という和歌山のおっちゃんは、オカンと俺を交互に眺めて、ちょっと目が潤んではった。