俺は座っていられなくなり、一番前の車両まで早足で歩いた。どこまでも続く線路を走る電車。一番前で永遠に続いてる線路を見ていると、なぜかいつもひとりで食べていたご飯のことを思い出した。ウチの家は、家族みんなバラバラでご飯やったな。お父さんは病院。俺は、お好み焼き屋か給食、そうでないときは、オカンが作ってくれたコロッケとかひとりで食べてた。オカンがゆっくり食べてる姿は見たことがない。
この線路をずっと走ってゆくと、家族みんなでごはんが食べられるような気がした。振り返ると、オバジェンヌもいつのまにか、同じように線路を見てた。
八月の和歌山の気候は、南国の陽気だ。海から吹く風が心地よくて、俺は、紀伊本線の南部駅に着いたときに、風が吹いて来る方向に顔を向けて口をおもいっきり大きく開いた。ヒューとからだの中に風が入ってきた。俺は、ごくんっと飲み込んだ。そしたらなんとなく身体が軽くなって、オカンのことも和歌山のおっちゃんのことも、オバジェンヌのことも、純喫茶の純子さんも、隣のタクシーのおっちゃんも、そして、死んだお父さんのことも、まずいお好み焼き屋のおばはんもみんな、みんな、大好きやわ!と、思った。
駅に着くと見覚えのある軽トラが止まっていた。
オカンが俺の顔を見て照れ臭そうにしてる。そんな顔できるんやね。俺はそう思いながらオカンに突進した。
「ひとりぼっちにすんなよー」
泣いていた。いつのまにか大きな声を上げて泣いていた。さっき飲んでいたファンタオレンジも涙と一緒に俺のからだの中から蒸発した。身体中の水分がなくなるほどしゃくり上げながら泣いた。
おかんは、ぎゅうっと俺を抱きしめていた。俺とオカンの塊を和歌山のおっちゃんが大きな腕で抱きかかえるようにしてぎゅっと抱きしめた。
ホームに向かうオバジェンヌの後ろ姿が見えた。俺は追いかけて、リュックサックを力いっぱい振った。
「オバジェンヌーーー!ありがとうやでーー」
すると半開きやったリュックからおみくじの束が落ちた。留めていた輪ゴムが切れて、そこらじゅうに散らばった。その瞬間、風が地面から吹き上がるようにさわいだ。おみくじが風に乗り、ひらひらと空を舞う。たくさんの白い蝶のように「大吉」と書かれたおみくじが楽しそうに宙を泳いでいる。
「オカン!大吉やで!これからずっと大吉やで!」
俺は、力いっぱい叫んだ!